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足元に男が仰向けで転がっている。
既に得物も無く、腕も脚もずたずたで寝返りさえ打てない有様だ。
路上に大きく広がる血溜りはもうこの男が数えるほどの間に絶命するであろうことを物語っている。
けれども彼の目は失せていく血の気とは関係なく爛々と輝きボクを見上げている。狂気に満ちた悦びの瞳だ。
「ああ、ああ……本望だよ……キミに殺されて終われるのなら、それに勝る悦びは、ないよ……」
この男はずいぶんと昔から彼女のストーカーをやっていたらしい。いや訂正、ボクのストーカーだ。
白い肌に相反する美しい黒髪、漆黒に塗られたコルセットを模した魔鎧とそれに合わせて誂えたレースたっぷりのゴシックなドレス。
薄ら笑みを浮かべ血の雨を降らせる暗殺者の少女を偏愛してしまった愚かな犯罪者。
「うふ、あはは。これでお別れだねぇ。バイバイ、ストーカーさん♪」
「ああ、さようなら……ありがとう」
笑顔で言葉と切っ先を贈る。
散々付きまとわれてヒヤリとしたことも一度や二度じゃないけれども、これで終わりだと思えば同じ彼女を愛した同志として笑顔のひとつもサービスしてあげようというものだ。
喉を切り裂かれた彼は恍惚とした表情で事切れた。
その姿に声を上げて笑いそうになるのを堪えて含み笑いを漏らす。
彼女は、ボクはそんなことで品の無い笑い声をあげたりはしない。
彼の愛した彼女は、ボクの愛した彼女は、とうの昔にこの世にはいない。
ここに居るのは彼女の命を奪って成りすました赤の他人。
彼と出会ったのはボクではないし、彼がお別れを言ったのは彼女ではない。
ボクだけが真実を知っている、ある男とのなにもかもが虚ろな出会いと別れのお話。
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