旅立ちのうた

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 甘い匂いを漂わせていた淡色(あわいろ)梅花(ばいか)は、とうにこぼれた。  代りに早咲き桜のつぼみが薄桃色(うすももいろ)の頭をのぞかせ、今日か明日かとほころびかけている。 「先生、わたしはいつになったら卒業できますか?」 「残念ながら、先生にはわかりませんね」  先生は疲れたように、ガックリとうなだれていらした。  ここ数日、たくさんの仲間たちが『旅立ちのうた』を誇らしげに歌っては、卒業していった。  つい先ほどまでは、わたしの弟も合格できずに苦しんでいたというのに。 「合格です」  先生から合格をもらった弟は、姉より先に旅立つことに対し、申し訳ないなど一つも思ってはいない様子。  そればかりか「姉ちゃん、お先にね」と、自分が最後ではなかったことに安心したように(ほほ)をゆるませた。  胸を張り、高らかに『旅立ちのうた』を歌いあげると、皆と同じように弟は旅立っていく。  見送るわたしを二度、三度振り返っては、次第に豆粒のように遠くなり、消えていった。 「先生、わたしも卒業したいです」 「ええ、先生もそろそろ卒業させてあげたいです」  毎年、一人の留年もなく順調に卒業させてきた先生ですら、わたしは手に余るほどの劣等生(れっとうせい)のようだ。  一人ぼっちになってしまったわたしは、青く()みわたった空を恨めしく見上げた。    わたしだって、胸を張って誇らしげな顔で旅立ちたい。  果てしなく広がるこの空の向こうが、どうなっているのか、どこにたどり着くのか。  この目で見てみたいのだ。  そのためには、先生からの合格が全てだというのに、どうして皆のように上手にできないのだろうか。  そよ風がタンポポを揺らし、新緑の葉はカサカサと音を立てる。  それはまるで、しょげかえっていたわたしの心を優しくなぐさめてくれているみたいだ。  大丈夫、きっと大丈夫、わたしだってやれるはず。  意を決して先生の目を見つめた。 「先生、次こそ卒業したいと思います」 「先生も次こそあなたに『合格』を告げたいと思っています。がんばってくださいね」  祈るように真剣な顔をした先生を、安心させるように頷いてみせた。  どうぞ、最後まで見守ってください、先生!  胸いっぱいにやわらかな春風を大きく吸い込んで、通算六十回目の『旅立ちのうた』卒業テストに挑む。
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