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「……っ」
目が合った瞬間、彼と自分の間で火花が散ったような気がした。
少し伏せた瞳は、縁のはっきりとした二重。目尻が少し下がっていて、控えめな涙袋がある。高く通った鼻筋に、主張しすぎない薄い唇。落ち着いた色味の髪は適度に整えられており、遊び人風のいやらしさは感じない。なのに左目の下の小さな黒子が、彼の洗練された顔立ちから健全さをごっそり奪っていた。
ギラギラしていないのに、どことなく色っぽい。好みのタイプはと聞かれたら「この顔です」と即答できるほど、男は安曇のドストライクの顔立ちをしていた。オフホワイトのニットと細身のパンツという、シンプルかつ品のあるコーディネートも、彼の魅力をこれでもかと引き上げている。
取り繕うのも忘れて堂々と見入っていると、男が安曇の顔を覗き込み、僅かに目を瞠った。
「――俺に何か?」
「ああ……ごめんなさい、見惚れてました。すごく好みの顔だったので」
まさかの好感触に、安曇はポーカーフェイスを保ちながらも、内心でガッツポーズをする。ハズレから一転、今日は大当たりだ。勇ママには申し訳ないが、このチャンスを逃す手はない。
「へえ、気が合うな。俺も同じこと考えてたよ。ママ、チェックお願い。彼の分も一緒に」
財布を取り出しながら言うと、勇ママと客の男は、そろって驚きの声を上げた。
「ちょっと、安曇ちゃん。人の獲物横から掻っ攫おうなんて、ずいぶん無粋な真似するじゃないの」
「お申し出はありがたいけど、見ず知らずの人に奢ってもらうわけにはいかないから」
同時に話しかけてくる二人を手のひらで制し、財布から万札を一枚取り出す。目顔で足りるか訊ねると、勇ママは大げさに肩を竦めてみせた後、渋々代金を受け取った。
「ごちそうさま。じゃあ、行こうか」
「え? いや、でも――」
戸惑う男の腕を取り、空いた方の手でバッグとコートを掴む。ちらりとカウンター内に視線をやれば、勇ママが苦笑しながら軽く手を振ってくれた。
大人しく安曇に腕を引かれていた男は、店を出るなりピタリと足を止めた。咄嗟に振り返った安曇を見下ろし、小さく頭を下げる。
「ありがとうございました。困ってたんでほんと助かった。お金は必ず返しますから」
「お金のことは気にしないで。それより時間があるならつき合ってくれる? もちろんこっちが誘ったんだから支払いは俺が持つよ」
「いや、さすがにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないよ」
「ママならよくても、俺の相手はできない?」
「そういうことじゃなくて……」
扉の前で言い合っていると、背後から咳払いが聞こえた。客らしい二人連れに迷惑そうな視線を向けられ、慌てて道を空ける。
「行こう。いつまでもここにいたら他のお客さんの邪魔になる」
店に迷惑をかけるのは本意ではないらしく、今度は大人しくついて来る。幸い雨は小降りになっていた。大通りに出るなりタクシーを拾い、いそいそと後部座席に乗り込む。
「京央プラザまで」
運転手に駅前のホテルの名を告げると、隣で息を飲む気配がした。横面に刺さるような視線を感じたが、あえて気づかないフリをする。五分とかからず目的のホテルに到着し、手早く支払いを済ませてタクシーを降りた。
「ごめん、タクシー代」
「いいよ、俺が誘ったんだから」
さっきもそう言ったよねと念押しすると、ようやく納得したのか、どうもと小さく会釈をする。聡い男は安曇がフロントで手続きを済ませる間も、エレベーターの中でも、もう何も言わなかった。
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