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 待ち合わせ場所に現れた安曇は、当然ながら私服姿だ。ベージュのクルーニットと細身のジーンズ。暑いのか、ツイードのコートとグレーのマフラーは腕にかけている。 「お待たせ。いい天気だね。マフラーはいらなかったかも」 「夜には寒くなるよ。なんか今日の碧さん、いつもより若々しいね」  本当はかわいいと言いたかったのだが、年上の同性相手にそれはないだろうと、表現を変える。すると安曇は不機嫌そうに口をへの字にした。 「どうせ君に比べれば俺なんておっさんだよ」 「そうじゃなくて、いつもスーツだったから私服が新鮮だったんだよ。それよりどこに行きたい? ベタに観光スポット回ってみる?」 「少し歩いたところに大きな公園があるよね。近くで食べるものを買って、そこでのんびりするっていうのは?」 (わざわざ横浜まで来て、公園?)  少し奇妙に思いながらも、いいねと笑顔で了承した。  駅前の売店で弁当とビールを買って、目当ての公園へ向かう。週末だけあって家族連れやカップルが多くいるものの、広大な芝生の広場では人の多さは気にならなかった。  海の見える場所に陣取り、行儀悪く芝生の上に横になる。天気がよく風もないせいか、十二月と思えないほど暖かい。 「都会のど真ん中にこんな大きな公園があるなんて贅沢だね。碧さんはよく来るの?」 「いや、初めて来た。みんな幸せそうで、まるで映画のワンシーンを眺めてるみたいだ」  視線の先には一組の家族連れがいた。芝生の上でくつろぐ両親の前で、子供たちが歓声を上げながら追いかけっこをしている。特別珍しくもない、だけどとても幸福な光景だ。 「碧さんも座れば? ご飯食べようよ」 「……そうだね」  安曇が隣に腰を下ろすと、須永も体を起こして芝生の上に胡坐をかいた。缶ビールで乾杯をしてから、それぞれ買った弁当を開ける。  安曇のシュウマイを一つもらい、お返しに生姜焼きを一枚返礼する。それでは釣り合いが取れないとあれもこれも寄越そうとするところが、いかにも彼らしくて笑ってしまった。  お腹を満たした後は、芝生の上でひたすらゴロゴロした。安曇は吉村とのバカ話を笑って聞いてくれ、お返しに若かりし頃の勇ママの武勇伝を聞かせてくれた。 「碧さんとママって仲いいよね。客として店に飲みに行ったのがきっかけ?」 「そう。俺が大学生の頃からだから、知り合ってもう十年近く経つかな」 「その間、一度もいい雰囲気にはならなかったの?」 「あいにく俺はママの好みからは外れてたみたいだね。本当にママにはお世話になりっぱなしだな」  穏やかに笑う横顔に見惚れ、そんな自分に驚いた。  初めて会った時から好みの顔だと思っていたが、今はあの時とは違った感慨を覚える。どこかに大事にしまっておきたいような、自分の手でぐちゃぐちゃに乱してしまいたいような、よくわからない複雑な感情だ。 「――あのさ碧さん、一つだけ聞いてもいい?」 「何? 改まって」 「碧さんは佐々木って人とつき合ってたの?」
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