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「予報じゃ降るなんて言ってなかったのに、ついてない……」  マフラーで顔を半分覆い、足早に駅へと急ぐ。やがてこめかみがズキズキと痛みだした。 (雨の日に具合が悪くなるのは、もう条件反射みたいなものなのだな)  本当はあの日、一つだけ須永に言えなかったことがある。  父親の浮気相手は、女性ではなかった。  父親は同性しか好きになれない自分を認められず、友人を介して知り合った母と結婚した。すぐに安曇が生まれたが、自分を偽ることに疲れた父親は、母と安曇を置いて家を出た。その後、両親は正式に離婚した。安曇が中学二年の時だ。  その頃にはもう自分が性的マイノリティーであることに気づいていて、日々膨れ上がる欲望と自己嫌悪の狭間で、人知れず悩んだ。安曇が自身のセクシャリティーを受け入れることができたのは、母の再婚が決まった時だった。 (俺さえいなければ、母さんはもっと早く自由になれた。その上、よりにもよって息子がゲイだなんて、母さんが知ったらどう思うだろう……)  こめかみの痛みが酷くなり、思わず足を止める。必要以上にナーバスになってしまうのは、きっとこのうっとうしい雨のせいだ。 (どうしよう、すごく渉くんに会いたい。これも条件反射なのか?) 「会うのは雨の日だけなんて、言わなきゃよかった……」  ポケットからスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを起ち上げる。お気に入りの柴犬のスタンプを送ろうとして、止めた。  その時不意に視界に影が差した。布が雨粒を弾く音がして、のろのろと視線を上げる。 「傘も差さないでこんなところに突っ立っていたら風邪を引くよ」 「……っ!」  そこにいたのは佐々木だった。安曇に傘を差しだし、思い詰めたようなまなざしでじっとこちらを見下ろしている。 「後をつけて来たんですか……? 店にまで迷惑かけて、一体どういうつもりなんです?」  詰問すると、佐々木は僅かに怯んだ様子を見せた。見ればどことなく頬がこけ、ひどく疲れた顔をしている。 「佐々木さん、まさかどこか悪いんですか?」 「いや……。その、少し話をさせてくれないか? 駅に着くまででいい。そしたら大人しく帰るから」  佐々木は自らが濡れるのも構わず、安曇に傘を差しかけている。上等なロングコートもビジネスバッグも、ぐっしょりと濡れていた。 「駅まででいいのなら」  そう言って傘を半分譲ると、佐々木はホッとしたように目元を緩めた。 「ありがとう」  弱弱しく礼を言う姿は、安曇の知る佐々木とは別人のようだった。ろくに話も聞かずに着信拒否をしたことを少し申し訳なく思いながら、安曇は駅までの短い道のりを佐々木と肩を並べて歩いた。
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