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「……独り言に返事しないでくれる?」  平静を装って呟くと、背後でプッと吹き出す気配がした。 「後悔したよ。雨の日しか会わないなんて条件のまなきゃよかったって」 「あっさり破っておいてよく言うよ」  今日はもちろん、ここ数日は雨どころか、空に雲がかかることすらなかった。毎日お天気アプリで確認していたのだから間違いない。 「ついでに白状すると、あれから毎日ここで待ってた。俺ってストーカー気質だったみたい。佐々木って人のこと言えないな」  声が近い。息がかかりそうだと思ったら、何かがそっと髪に触れた。 「酒くさっ! 一人でどんだけ飲んだの?」 「ふっ――」  彼を拒絶しなければいけないのに、思わず笑ってしまった。酒臭いと言いながら、須永が離れる気配はない。 「もう会わないって言われたのに勝手なことしてごめん。何もしないでいるなんて俺には無理だった。俺は碧さんみたいに優しくないから、相手の都合なんか考えないんだ」 「俺のは臆病っていうんだよ。ママにも叱られた。目の前の厄介ごとから逃げるなって」 「さすがママの言葉には重みがあるね。けど人のこと厄介ごと呼ばわりはひどくない?」  だめだと思うのにまた笑ってしまう。  どれだけ酒を飲んだところで、髪に匂いが移ることはない。そんなことわかっているはずなのに、須永は何も聞かない。何も聞かずに、ただ安曇を笑わせようとしてくれる。  本当に優しいのは須永の方だ。相手のことを考えすぎるからこそ、彼はこれまで安曇に真実を言えなかったのだろう。 (俺も言わなきゃ。たとえ軽蔑されても渉くんには本当の俺を知っていてもらいたい) 「――君に聞いてほしい話があるんだ」  思い切って切り出すと、須永が息を飲む気配がした。 「何、改まって……」 「前に話した俺の父親だった男ね、ゲイだったんだ。だけどそれを受け入れられなくて、自分を偽って母と結婚した。子供まで作っておいて結局は家族も家も全部捨てて出て行った。最低な男だろ?」  一息に言い切ると、安曇はゆっくりと後ろを振り返った。  意外にも須永は落ち着いた表情をしていた。数日ぶりに見る男は相変わらずイケメンで、こんな時でも安曇の胸を甘く疼かせる。 「だけど一番最低なのは俺なんだ。父親のことで母さんがどれだけ苦しんだか知ってるのに、俺は女性を愛せない。これ以上の裏切りがあるか?」  だからせめて人の幸せを壊すような真似だけはしないと決めた。自分のせいで誰かを傷つけるくらいなら、一生恋なんてしないでいい。適当な相手と適当に遊んで、適当に別れる。それで充分だと思った。 「昨日さ、一人で横浜に行ってきたんだ」  突然脈絡のない話を振られ、安曇は伏せていた顔を上げた。ひどい話を聞かされた後なのに、須永は穏やかな笑みを浮かべている。 「公園から海を見たよ。碧さんのことを思い出した。碧さんの碧は海の碧だから、あの街のどこにいても碧さんを感じられる。いい名前だね」 「渉くん、俺の話聞いてた?」 「充分聞いたよ。だからもう話は終わり」 「は?」  呆気にとられた安曇の手を引いて、須永がいつかのように駆け出す。路地を抜けて大通りに出ると、タクシーを捕まえて後部座席に乗り込んだ。
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