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「あのさ……、言っても信じてもらえないかもしれないけど、俺碧さんに会う前は不感症気味だったんだよ」
「ふ、不感症?」
「生意気なようだけど、女の子とつき合って別れてを繰り返してるうちに、なんか恋愛はもういいかなって気分になってたんだ。でも諦める前に碧さんに会えてラッキーだった」
はにかんだような笑顔に、胸がキュッと甘く捩れる。
誰かを不幸にするのが怖かった。その思いは今も変わらない。だけどこんな自分でも誰かを幸せにすることができるのかもしれない。
「ねえ碧さん、あの条件はもうなかったことでいいよね?」
「あの条件?」
「雨の日しか会わないってやつ。おかげで天気には敏感になったけど、晴れが続いたら俺が干からびる」
安曇も同感だ。雨の日が辛くなくなったのは本当だが、天気のいい日にしかできないこともある。雨が降ったら降ったで、一つの傘を二人で分け合うのも悪くない。
「考えとくよ」
「ええ? まだ考える余地があるの?」
安曇の煮えきらない答えに、須永が眉をハの字にして項垂れる。
この部屋を出たあと、安曇は須永にメッセージを送るつもりでいた。これまで一度も使ったことのないスタンプで、柴犬が愛らしい目を輝かせて「早く会いたいです」と語りかけてくる絵柄のものだ。
雨の日も晴れの日も、いつでも彼に会いたい。ただ側にいるだけで楽しいと思えるのは、須永だけだ。
リア充女子高生が聞いたら、安曇のあまりの現金さに呆れるだろう。でもきっと最後には「よかったね」と笑ってくれるに違いない。
「また海を見に行こうよ。電車もいいけど、車で海岸沿いを走るのもきっと気持ちいいよ」
「そうだね。すごく楽しそうだ」
今度こそ同意して、深く頷いてみせる。
碧い海。光る水面。柔らかな笑みをたたえた恋人の横顔。
幸福な休日を思い浮かべ、安曇はそっと瞼を閉じる。雨でも晴れでも、その日はきっといい日になるに違いない。
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