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(まさかこの状態でお預け⁉)  冗談かと思ったが、こちらを振り向いた男の顔はいたって真面目だ。 「電話、警察からでした。財布が見つかったから取りに来いって」 「ああ、そうなの……? それはよかった」  よくない、全くよくない。  いや、財布が見つかったのは心からよかったと思うけれど、タイミングが悪すぎる。  呆けている安曇をベッドに残し、彼は手早く身なりを整え、コートに袖を通した。チェスターコートのボタンをきっちり留めると、固まったままの安曇に視線をよこす。 「本当にごめん。また会える?」  勢いよく頷き返したい気持ちをグッとこらえ、曖昧に微笑むに留める。彼は少し寂しげに笑い、それじゃとあっさり部屋を後にした。  行為後に態度を変える男なら何度となく見てきたが、挿入もせずにベッドにおきざりにされたのは初めての経験だ。  清潔感と色気が共存したルックス。思わせぶりな言葉が似合う低い声。  後を引く去り際といい、素性を明かさないやり口といい、これまで出会ったどんな男よりもたちが悪い。  だが、相手のことをろくに知らないのに、抱きしめる腕の力強さだけは知っているというのも、刹那的な感じがして悪くない。 「ちょっと見ないくらいのいい男だったのに、残念――」  消化不良の欲望を持て余し、ふかふかの羽根枕に顔を埋める。目を閉じると、なじみのないシトラスムスクが微かに香った。
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