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早足でエントランスを抜けると、再びスマートフォンが着信した。表示されているのは、今晩会う約束をしてた友人の名だ。
「吉村? どうしたの?」
『どうしたの、じゃねえよ。もうすぐ店に着くけど、お前今どこにいんの?』
「今は西口の辺りだけど。っていうか、そっちこそ今まで何してたんだよ」
『何ってバイトだよ。深夜勤のヤツが体調不良で急に残業頼まれたってメールしただろ?』
「……本当だ、未読メールがある」
そういえば着信ばかり気にしていて、メールの確認まではしていなかった。というより、財布をなくしてそれどころじゃなかったというのが本当のところだ。
(店を出た後は、財布のことすら頭からすっぽ抜けてたけど)
「ごめん、吉村。約束してたのに悪いんだけど、俺今から警察に行かないといけないんだ」
『警察? 揉め事にでも巻き込まれてんのか』
「違う違う。急ぐからもう切るよ。あ、あと俺、もしかしたら男もいけるのかもしれない」
『は⁉ おい須永、それどういう……』
「じゃあな。明日また連絡するから」
まだ何か言いたげな友人との通話を強引に切り上げ、スマートフォンをポケットにしまう。
外は小雨がぱらついていた。おかげで体の熱は冷めたが、頭の芯は逆上せたままだった。
会ったばかりなのに、妙に心惹かれた。自分がゲイかどうかはよくわからないが、彼に興味があるのは本当だ。
(――とにかく借りた金を返すのが先だよな。自分のセクシャリティーについて考えるのはそれからでも遅くない)
ひとまずそう結論づけると、須永はコートの襟を立て、そぼ降る雨の中、警察署へと急いだ。
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