色褪せる

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 食べ物の香りに煽られた食欲は、帰宅を許してくれなかった。一刻も早く炭水化物(カロリー)を胃袋にぶち込めと宿主を脅してくる。歩きながら食べるのもどうかと思い、どこか座れそうな場所を探す。  道の左端に背もたれのないベンチがあった。背後には緑のツツジが並んでいる。これが春ならばさぞかし華やかな外観なのだろうけれど、生憎今の時期は営業時間外らしい。  そこに座ってパンが入った袋を側に置く。ようやく食事ができる。まずは一番味に期待ができなさそうなコッペパンを手に取った。小学校時代を思い出す。安いのでもうひとつ買ってもよかったのだが、さすがにふたつも食べる気にはなれなかった。 「……うん」  もしかしたら、パン屋のコッペパンだから小学校とは違うかも、なんて淡い期待は見事に破壊される。まあ、見た目通り。ザ・コッペパンだ。百人いれば九十九人は味を想像できるだろう。もそっとした食感。良くも悪くも懐かしい味わい。ジャムやマーガリンがあれば少しは美味くなるのだろうが、そのままで食べるにはあまりにも乏しい風味。安さだけが取り柄のようなパンだ。  続いてメロンパンを食べる。外側がカリカリだったり、中がふわふわだったりすることもなく、これまた見た目通りの味だった。もそっとした生地は口内の水分を根こそぎ奪い去っていく。  コッペパンからの連戦により、ぼくの喉はすっかり渇いていた。慌ててペットボトルの紅茶を飲む。これがなければ食事がただの苦行となるところだった。  最後のカレーパンは、まあそこそこだった。カレーが不味い訳がないのだ。スパイスの香りもあって食欲が刺激される。揚げた生地のインパクトは空腹にビシッときた。それを食べ終えてしまった頃には、腹の虫がすっかり大人しくなり、どしりと胃に満足感がやってきた。 「ふう……」  膨れた腹に手を添え、ぼくは空を見上げた。  まあ、想像通りの味だった。なのに何故か、最初に食べたコッペパンが心の隙間に入り込んで離れない。空腹時に食べたからだろうか。それでも、あの素っ気ない味が無性に心地よかった。もっと美味しいものなんてたくさんあるのに、どうしてだろうか。  そろそろ立ち上がることにする。そこまですごい食事をした訳ではないが、ぼくは不思議な満足感を覚えていた。  また来よう、と思った。
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