色褪せる

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 それ以来、ぼくは時々あのパン屋に立ち寄ってはコッペパンを購入していた。  相変わらず、繁盛はしていないようだった。いつ入店しても棚のパンはあまり減っていない。ましてやコッペパンが売り切れているところなど見たことがなかった。ぼくとしては目当ての商品がいつでも置いてあるので助かるが、店の経営としてはどうなのだろう。  いつ行っても、夫婦は眩しい笑顔を向けてくれた。全身から歓迎を示し、話しかけやすい空気を作ってくれていた。ぼくが惹かれていたのはそんな雰囲気だろうか。  たかだかコッペパンひとつを買うだけで、あんなにも感謝してくれる。何だか人助けができたみたいで、気分は悪くなかった。別に好きで買っているのだから、あそこまで感謝される筋合いはないのだけれど。  お気に入りのパンをかじる。うん、そこまで美味しくはない。でも、何だかほっとする。この乏しさが何だか嬉しい。  これにジャムか何かが入っていても、そこまでぼくは惹かれないと思う。本当に「安いジャムパン」となってしまうからだ。でも、ジャムすら入っていないパンになれば別だ。乾パンのような質素の美というのだろうか、一週回って愛着が湧く。現代の贅沢な食事に慣れてしまった自分を戒めてくれているようだった。  ある日、コッペパンの数が減って新たに揚げパンが陳列されていた。深みを増したきつね色の表面には、白い輝きを放つ糖分が纏わり付いている。揚げパンか、懐かしい。久しぶりに食べたくなったので、今日はいつものを買わずにそちらを選択する。  棚を見渡すと、揚げパン以外にもいくつか新商品が出ているようだった。どうやら店主も色々と模索しているらしい。今までのラインナップに似つかわしくない、洒落たパンもあった。今日はそこまで腹が減っている訳ではないので、大人しく揚げパンだけにしておく。  店を出て、あのベンチで揚げパンにかじりつく。まだ揚げてから間もないようで、香ばしい歯触りがあった。分かりやすい甘さが広がる。コッペパンを揚げて砂糖をまぶしているのだ。炭水化物と油と糖分の組み合わせが不味いはずはない。黙々と食べ終え、口に付いた砂糖を拭い取る。 「ふう」  美味かった。けど、やはりいつものパンがいい。  我ながら物好きだと思う。でもきっと、好きであることに理由なんていらないはずなんだ。それがたとえ、味気ないコッペパンだとしても。
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