色褪せる

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 ぼくは何度もそのコッペパンを買った。安いそれは何度もぼくの腹を満たしてくれた。  それを食べることによって、ぼくはこの大学生活に栞を挟んでいたのだ。嬉しいことがあった日も、嫌なことがあった日も、ぼくの人生に寄り添ってくれていたのだ。仕事を終えたサラリーマンの一服のように。ぼくにとってそれは、自分にしか良さが分からない大切な存在となっていた。  その頃には、ぼくはすっかり「コッペパンのお兄さん」という印象を持たれていた。  もしかしたら、いつも金がないためにそのパンを買っていると思われているかもしれない。それはいささか不服だ。確かに金はないけれど、そこまで追い詰められてはいない。時々何かの釈明かのように他のパンを買った。けど、もしかしたらそれも「時々の贅沢」だと思われているかもしれない。だとすればもうお手上げだ。大人しく苦学生のラベルを受け入れよう。  月替わりの新商品は、微妙なものもあれば結構美味しいものもあった。そして、美味いと思ったその商品は、レギュラーメニューとなった。新商品を買うたびに、この商品は残るのだろうかと予想するのが少し楽しかった。およそ三割の確立で予想は的中した。 「いつもありがとうございます」  ある日、レジに立つ奥さんにそう言われた。何か、普段とは違う意味合いを含んでいるように感じる。不思議に思いながら口を開く。 「いえいえ。ここのパン、好きなんですよ」 「ありがとうございます~……実は、近々店を畳むことになるかもしれません」 「えっ」  和やかな空気から放たれた冷や水に、ぼくは思わず目を見開く。
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