肉はおあずけ

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「行きましょう。家まで送ります」 「送るって……お前は?」 「僕も家に帰ります。論文を仕上げなくてはならないので」 「……当て馬がどうのって……どういう意味?」 「そのままの意味です。……今の夏樹さんに僕はいらない」 「……え……?」 「謙人さんさえいれば、夏樹さんは生きていけます。……さすがはお母さん」 「……なんで笑ってんの?」 「なんでって……とってもおかしいからですよ……僕が」  なんで……? 嫌だ。「嫌だ」って、どうしたら伝わる……? 「俺……お前に会いたかったからあの店に……」 「会いたかったのなら、『会いたい』とひとこと言ってくれれば……僕はいつでも夏樹さんに会いに行きましたよ」 「……は? でもお前はひとことも言わなかったじゃん。会いたいなんて……」 「僕はいつでも会いたかったし、夏樹さんのそばにいたかったです。……でもただの学生である今の僕にはかなわなかった。……彼氏という立場にあっても、謙人さん以上に夏樹さんを支えてあげることもできていない……」 「なんでいちいち謙人が出てくんの?」 「謙人さんの方が、いつも夏樹さんのそばにいるからじゃないですか?……仕事を辞めても距離感が変わっていない……羨ましいです」 「なに……じゃあ謙人と縁でも切ればいいのか? そうすればお前は満足なのかよ?」 「できもしないことを口にしないでください。友達は大切にすべきです」 「友達だってわかってるならなんで妬くんだよ? 矛盾してるぞお前」 「……矛盾のない人間なら……もっとまともに生きられているはずです……」 「何それ……俺のこと?」 「いいえ、僕の話です。……やっぱりタクシーには一人で乗ってください。僕は伯父に礼を言ってから帰ります」  とりつく島もない……。  あぁ……またこんな結末か。まぁそうなるか。俺がこんなんだから……。 「わかった。じゃあな」  やっと幸せを掴んだのに、自分で壊した。  仕事もない。謙人にも頼れない……もう頼りたくないし、謙人だっていいかげん頼られたくないだろう。  あぁ……ほんとクズだな俺……。 「連絡先は消さないでください」 「……消さないよ」  せめて冬馬みたいに、泣きながらでも相手にすがれるくらいの度胸があれば、なんとかなったかもしれない。  でもそんなことは許されない。消えるべきなのは俺だ……。 「ちゃんと迎えにいきます」 「……あぁそう……ありがと」 「夏樹さん……」  タクシーの扉が閉まる音で、冬馬の声はかき消された。  なんて言ったんだろう。……いやどうでもいいか。振り返るのも待つのもナシだ……。  大丈夫……冬馬はまだ汚れてない。子供みたいに純粋で綺麗なままだ。俺なんかとは違う……。
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