五・楽しい居候生活

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五・楽しい居候生活

 あと数日でゴールデンウィークに突入する五月初旬。連日の快晴で気温が一気に上昇し、早くも初夏が訪れたような陽気に満ち溢れる。既に半袖を着用している者もいる。  大学の裏門付近の路上で、一台の車が減速したのちゆっくり止まった。ハイブリットタイプのカムリは、環境に配慮した低排出ガス車なだけあって停車中も静かだ。後部座席のドアが開き、そこから二人ほど下車する。圭人と友宏だ。 「俺まで一緒に送ってもらっちゃってすみません」  運転席側のスモークガラスが下り、そこから室井の姿が見える。珍しく朝寝坊してしまった友宏を、たまたま圭人を迎えに来たので乗せてくれたのだ。出席の段階で顔を出さなければ単位を貰えないので、お言葉に甘えて今に至る。 「いえ、いいんですよ。圭人さんがお世話になってますし」 「ありがとうございます、助かりました」  マンションから大学までは、電車で三十分ほどの距離に位置する。友宏の場合は、居酒屋でのバイトが終電ギリギリに終わることもあるので、飲みがあるとき以外は自転車で通学していた。今日はどちらもない。恐らく帰りも一緒になるだろう。 「それでは圭人さん。夕方迎えに上がりますね」  送ってもらったお礼を言って発車するのを見送ろうとするも、なにかを思い出したのか室井はまた視線を向けた。 「あ、そうだ、圭人さん。俺の分も肉じゃが用意しておいてください」 「悪かったって。この前は、岡野に試食させる分しか残ってなかったんだよ。次はもっといっぱい作るから、このことはどうか、母上には内密に……」 「分かってますよ。言ってたら強制送還されてるでしょうし」 「うむ……」 「それじゃあ講義中に寝ないようにしてくださいね。では」  そう言い残して今度こそ車は走り出した。黒の車体が右折し、見えなくなるまで眺める。ようやく曲がり角に消えたのを確認してから、生徒で溢れ返る構内へと歩き始めた。 「ねえねえ、どうして今朝はミャーくんと一緒だったの!?」  九十分の講義が終わった途端、女子十数人に取り囲まれていた。いきなりのでき事で圭人は狼狽える。年頃の異性に詰め寄られることなど滅多にないので、女子特有の結束力の強さに気圧されていた。一人一人はか弱いけれど、大人数になると予想以上に強くなる。 「私も見た! ミャーくんが大河内くんと二人で車から降りたところ!」  複数に目撃されていたのか口々に報告される。さすが噂話を好む連中は違うなと、他人事のような感想が脳裏に浮かぶ。だが、なにも言えずに圧倒されていると、もったいぶられているんだと捉えた女子が噛みついて来た。 「単刀直入に聞くけど、二人って一緒に住んでるの!?」 「あの黒い車って、大河内くんのお家の所有車だよね。今日は偶然なの?」 「でも、二、三日前にも見たよ? 最近やたらつるんでるし、絶対なにかあると思うんだけど」  鋭い指摘に困り果て、うっかり頷いてしまった。大金持ちなのに居候していることがばれると、印象が悪くなるかも知れないという理由から黙っているつもりだった。しかし一瞬の隙を見逃さなかった女子連中からは、歓声とも奇声とも判断しにくい声が上がる。 「やっぱりそうなんだ! 送迎は四年間変わってないから、勘当されたとかではないだろうし、一般市民の生活を覗くためとかそんな理由なのかな?」 「いいなァ、私もミャーくんと同棲したいッ」 「私もだよ、同居でも羨ましい……絶対寝込み襲っちゃうわ」 「あ、私も私も~」 「黙れビッチども」 「あんたもそうでしょうが!」  矢継ぎ早に次から次へと会話が飛躍するので、どれに対して答えればいいのか分からなくなる。圭人の好みはおしとやかな女性なので、ここにいる全員は当てはまらないことになる。両目をぎらつかせ、肉食を連想させるその姿に困惑するしかなかった。  そんな様子を見ていた友人が助け舟を出してくれる。 「大河内くん~おはよ。教授が今すぐ来いって呼んでたから行こうよ」 「え、ああうん、分かった。それじゃ……」  岡野に腕を引っ張られ、女子の集団から引き離される。もっと質問したかったのか、感嘆の声が漏れるなか連れ出された。圭人にとっては救世主のような存在だ。ホッとしたのか脱力感に襲われ、頬が若干こけたようにも見える。 「災難だったね? お疲れ様」  人払いしてから岡野が労いの言葉をかけた。 「ああ、いきなりで驚いた。宮と住んでるって知られた瞬間、あれだぞ?」 「そうだね。ばれたのはちょっと迂闊だったかもね」 「いや……これで僕はあることに気がついた」  学食へと続く廊下で足並み揃えていると、背後から一人近づいて来る。 「あることってなんだよ?」 「あ、ミヤ」  今朝別れたばかりの張本人、友宏だった。何食わぬ顔でやってきたので岡野が事情を説明する。学科が違うため騒動が初耳でも無理はない。 「つまりは好きなタイプの異性に、宮の家にいることを教えれば、興味を引けるかも知れないってことだろ?」  それがきっかけで会話ができると本気で信じているようだ。友宏と岡野は同時に吹き出す。 「なんで笑うんだ……?」 「だって、それで食いついても意味ないでしょ?」 「…………どうしてだ?」  岡野に突っ込まれてもまだ首を傾げている。今度は友宏が口を開いた。 「考えたらすぐに分かるだろ、圭人。俺に興味があるってことは、お前には少しも望みがないってことだ」  そう告げられ、ようやくハッとする。逆に、友宏の名前を出しても興味のなさそうな相手を探せばいいだけだが、そんな相手が圭人に惚れるなど奇跡に近いだろう。  せっかく最近の行いで改心したはずなのに、面と向かって指摘されてムッとする。もう少し別の言い方はないのかと問い詰めそうになるも、居候がばれたゆえに周囲の女子からの視線が痛い。人から注目されることなど今まで経験がなかったので、常に注目の的になっていると落ち着かなくなるということを知ったのだった。  日課になりつつある調理に取りかかっていると、テーブルの上で充電していた端末が振動する。慌てて駆け寄ると、スマートフォンには母親の名前が表示されている。もうそんな時間なのかと溜め息を吐く。 『それで、首尾良くやっているの?』  お馴染みのセリフが飛び出す。毎度、問い質されることは決まっている。  ――あなたは跡取りなのだから常に自覚を持ちなさい。  ――早く私たちを安心させてちょうだい。  ――人様に迷惑をかけるような、家名を汚す行為は控えなさい。  この三つだ。ここまで頻繁に言われてしまえば意識せずとも覚えてしまう。 「もちろんです。早く可愛い花嫁を母の元へ連れ帰りたいです」  そう告げると満足してもらえるので、圭人も自然と同じ言葉を返していた。  通話が終わると疲れが押し寄せて来る。友宏の家に来るまでは苦痛でもなんでもなかった母親からの連絡が、今では荷が重かった。  ここにきて、自分でやることの達成感を味わってからは、親の教えに度々疑問を持つようになった。今までは〝やってもらって当たり前〟の環境下に慣れ親しんでしまっていたし、それに対しての疑問は一切持たなかった。けれど便利過ぎた実家を出てからは、本当にそれでいいのかと自問自答するようになり、〝自分のことは自分でやる〟という考えに変わった。  後継者としての自覚は薄れていないつもりだ。だが、親に対する気持ちに変化が現れたのも事実。自分の気持ちを持て余していた。  季節は立夏を過ぎた頃。大型連休中は家主の不在が続いていたので、殆どが擦れ違いだった。作り置きした料理は食べてくれるものの、多忙なのか一緒に住みながらも会話は格段と減っていた。そんな矢先にこの質問だ。 「同居の調子はどうなの?」  休み明け第一声に問いかけられ、圭人は訝しげに首を傾げた。相手は休み前まで共に行動をしていた岡野だ。調子もなにも、三人で行動する機会が多いので窺わなくても分かるだろう。 「あ、変な顔しないでよ。折り入って頼みがあるから聞いただけなんだけどね?」 「……頼み? 珍しいな。宮じゃなくて僕に言うなんて」  幼少の頃からの腐れ縁だが、今回が初めてではないだろうか。記憶を辿ろうとしてもすぐに出て来ない。怪訝な表情を隠さずにいると、早速事情を説明し始めた。 「怒らないで聞いてよ? うちの妹がミヤのファンなんだ。誰から聞いたのか、大河内くんが居候してるって知っちゃったらしくて、オフショットが欲しいって煩いんだよ……」 「…………」 「無言にならないでよ、怖いから。それでね、もし家での写真を送ってくれるんなら、いいことを教えてあげようと思って」  何度か面識のある五つ年下の妹が、友宏が好きなんだと知りショックを受ける。大して接点もない相手から好かれるなど、圭人には経験がないため驚くばかりだ。つい最近までランドセルを背負っていたと思っていたのに、もうそんな年頃なのかと複雑な心境になる。 「……いいこと? それはなんだ?」  気を取り直してオウム返しをすると、岡野は誇らしげな表情をして見せた。その時点で胡散臭さを感じたものの、一応聞いてやる。 「ずばり、モテる秘訣だよ」 「…………振られまくってる岡野からなにを学ぶんだ」 「失礼だな。ちゃんと付き合ってはいるんだよ。年齢=彼女いない歴じゃないだけ、大河内くんよりも先輩だと思うんだけど? って、ごめん怒らないでってば」  不愉快だと言わんばかりに睨んでやると、岡野は言い過ぎたと平謝りしてくる。仕方なく許してやると、ホッとしたのか続きを話した。 「家でリラックスしているところを撮ってくれればそれでいいから」 「岡野が言う〝いいこと〟次第だな」 「うん。すごく簡単なことなんだけどね、優しさと思いやりで接することだよ」  本当にそれだけで好感度が上がるのだろうか。アドバイスが漠然とし過ぎていて想像がつかない。親切にしただけで惚れられるのならば、お人よしの岡野自身が一人身であるはずがない。  疑問が浮かびながらも、圭人は指示された通りに実行することにした。丁度、先ほどの講義を遅刻した異性がいる。足早に近づくと、挨拶もなしにいきなり声をかけた。 「さっき遅刻してたよな。これ、僕ので良かったら貸すけど……」 「え? ええと、大河内くんだっけ……あ、ありがとう」  板書したルーズリーフを差し出すと、お礼を言いつつも困惑した様子を見せられる。 「でもごめんね、もう友達に借りる約束してるんだ」 「……そうか」 「あ、あ、友達来たからそれじゃー……」  足早にいなくなってしまった。めげずに辞書を忘れたらしい他の女子に話しかけるも、引き攣り笑いで断られる。親切にしようと思ったのに、好意を受け取ってもらうことすら適わなかった。予想外の扱いと理不尽さにムッとする。  罰が悪そうな表情のまま、岡野の待つ後ろの席まで戻り、乱暴に椅子を引いた。 「結局、僕の好意を無下にするヤツしかいないじゃないか。ったく、人が親切心を見せてやってるのに、空気の読めない者ばかりだな」 「こらこら。そういうところがダメなんだよ、大河内くん。誤解されやすいんだから、言動に少し気をつけた方がいいよ」  一部始終を見ていた岡野に注意されてしまい、圭人は反論せずに押し黙った。これが友宏相手ならば言い返しているが、意地悪を言う性格ではない岡野だと強気に出られない。唇を噛みしめグッと堪える。  なにも自覚がないわけではない。誰かと会話をしていても、少し言い過ぎてしまっただろうかと我に返ることがある。感情がないわけではないからだ。  けれど周囲からどう思われても構わない、というスタンスで今までやってきているので、特別改善しようとは思わなかった。必要性を感じなかった。自分に自信があるからか、人の評価など気にならない。 「とにかく写真、頼んだからね?」  圭人の方は成果を残せなかったというのに、ちゃっかりしている岡野は自分の用件を押しつけてくる。昔ながらの友人でなければ憤慨しているところだ。 「はあ……僕の負けだよ。ちゃんと撮って来るから」  溜め息を吐きつつも自ら折れてやると、岡野は心底嬉しそうに喜んだ。この反応を見る限り、今度は写真を条件に妹の友達と合コンするのかも知れない。 「よっしゃー、なるべく早めに頼むよ」 「――それで、合コンはいつなんだ?」 「へ……? な、なに言ってるんだよ。そそ、そんな予定はないよォ?」 「友宏の写真を交換条件に出されているから、急ぎなんだろ?」 「ぎくっ」  圭人の睨んだ通りどうやら図星のようだ。あからさまにに視線を逸らしている。たったの数分で見事に形勢逆転を果たした。 「それを知られたら嫌がられるから、僕に頼んだとか?」 「そ、そんな訳ないじゃん!!」 「じゃあ撮らない」  撮っても撮らなくてもこちらに利点はないのだ。寧ろ、百害あって一利なしになることも容易に考えられる。意地の悪い友宏のことだ。盗撮がばれると、岡野と同じように交換条件を出す可能性も、無きにしも非ずだ。  撮影することによってリスクを背負うというのに、タダ同然で使われる気はなかった。 「ごめんなさい、その通りです。ハイ。妹の友人に可愛い子がいるんだよ~どうしてもお近づきになりたくってさ」  正直に打ち明けたので圭人はようやく笑みを零す。普段は揶揄されることの方が多いため、こういう場合は容赦なく攻めるようにしている。 「素直に言えばいいのに」 「だって……言ったらばれちゃうでしょ~、ミヤに口で敵う人間はこの世にいないから」 「そんなことない。内密にしたいのなら僕は言わない」 「本当に本当? 大河内くんでも難しいと思うなァ」 「なら止めるか?」 「わーわーやめないって! 今回は本気なんだよ」  両目を潤ませ懇願している岡野に、少々やり過ぎかなと感じながらも言葉は止まらない。 「ほう、今までの相手は全員遊びだったのか」 「うっ……なんか今日はやけに辛口……」  自分の新たな一面に調子に乗りそうになりながらも、他愛ないやり取りを存分に味わっていた。  美味しい餃子を作りたい。美味しい餃子が食べたい。美味しい餃子を食べさせたい。  講義が早めに終わったので、室井に頼んで近所のスーパーへ寄ってもらうと、次から次へと食材を買い込んでいた。下調べはしてあるので抜かりはない。大量の荷物を車から降ろしながら、不意に声をかけられる。 「明日の朝、お裾分けを楽しみにしています」  肉じゃがの一件以来、多めに作った際は必ず手渡していた。味の評価は辛口だが、友宏よりは甘めの採点だ。味の感想ではなく点数を告げられる。 「仕事あるのに食べて大丈夫なのか?」 「匂いのしないタイプのにんにくを選んだので平気です」 「そういうのもあるのか……」  ちゃっかりしているなと感心してしまった。にんにくをかごに入れたのは室井だ。玄関まで運んでもらうと、すっかり使い慣れた合鍵で施錠を外す。鍵を持つのは居候生活で初めてだ。実家では常に警備員が開門してくれるので、大学のロッカー以外は扱ったことがない。無くさないように紐に通して首からぶら下げている。 「それではまた明日」  どんなに荷物が多くても、室井が友宏の不在中に上がり込むようなことは一度もなかった。仕えるはずの圭人が居候という立場を十分に弁えているのか、それとも単に忙しいのかは定かではないが、その辺はきっちりとしている。  見送り荷物を片づけると、鞄から取り出したレシピを見ながら調理を開始した。  明け方、ふと目が覚めると喉がからからに渇いていた。寝汗も薄らと掻いており、シャワーを浴びてすっきりしたいところだが、近所迷惑ゆえに早朝は止められている。マンション暮らしは色々と大変なんだなと、生活してみて初めて学んだことが多くある。  汗を流すことは諦め、なにか飲むためにベッドを抜け出した。すると、リビングにて寝こけている友宏を発見する。昨夜は急にバイトが入ったらしく、午前様だったようだ。せっかく作った餃子も、試食してもらうことなくフライパンで眠っている。  おまけにレポートの提出期限が迫っているので、テーブルにはルーズリーフや文房具、辞書などが散乱していた。そこでふと、岡野に頼まれていたことを思い出す。 「……寝込みは卑怯かも知れないけど、でも願ってもないチャンスだよな? うんそうだ」  起こさないよう小声で自問自答する。それに思い立ったが吉日だ。それが圭人の座右の銘でもある。  スマートフォンを手に取り、突っ伏して寝ている人物にカメラを向ける。この姿は貴重だろう。岡野の妹から出された条件は、普段見られない私生活を切り取ってほしい、だったのでぴったり当てはまる。手振れしないように慎重に構えて、画面をタッチすると高性能なので勝手にピントを合わせて一枚撮影できた。  犯罪防止のためにシャッター音が大きいため、起きないだろうかと内心焦るも、規則正しい寝息は途切れることなかった。 「うーん……」  突っ伏しながらも寝返りは打つのか、顔があまり見えなかった体勢から一変、テーブルに背中を預ける形に変わった。寝相が悪いぞと突っ込みながらも、もう一枚撮ろうとカメラを構えた次の瞬間――。 「盗撮とは随分悪趣味だな? 圭人」  閉じていたはずの両目がぱっちり開き、視線が合ってしまった。空いた口が塞がらない。いきなりのことで固まっていると、カメラ目線の写真が撮れてしまう。 「寝込みを襲われるなんて、卑怯な真似するんだな、お前でも」 「なっ……誰が卑怯だって!?」 「なあ、肖像権の侵害って言葉知ってるか?」 「知ってる……けど、頼まれたんだから仕方ないだろッ」 「誰に――とは言わなくても分かるけど、タダで撮られるのは癪なんだよなァ」  案の定、恐れていた事態に発展しそうになり、危惧した圭人は思わず後退りした。触らぬ神に祟りなし。ここは一目散に戦線離脱するに限る。 「こーら、どこに逃げるんだ?」  脱衣所に消えようとしたところ、ばれてしまい阻止されてしまった。 「や、離せっ!!」  あからさまに怯えて見せて、被害者ぶってみたものの小細工は通用しなかった。拘束がより強くなるだけだ。指先に力を込められ振り解けない。 「逃げないでちゃんと説明しろ。奥に引っ込んで写真だけ送って、証拠を消すつもりだったんだろ。そんなこと、この俺がさせるとでも思ったのか?」  至近距離から睨まれ、罰が悪そうに視線を逸らすしかなかった。珍しく怒気を含んでいるせいか、圭人は強気に出られない。ここで下手に刺激をしてしまうと、墓穴を掘ることは分かっているので、なるべく穏便に済ませなければならない。 「お、思わないけど……」 「誰に頼まれた?」 「岡野だよ……。本当は口止めされてたけど、妹の友達と合コンするのに、宮の写真が必要だって頼まれた」 「──で、その合コンには圭人も行くのか?」 「え……? いや、行かないけど? 僕はなるべく年齢が近い方がいいから、年下には興味がないし」  それに岡野の妹は未成年だ。十七歳の友達となると、例え高校を卒業した先輩でも十九歳前後だろう。すぐに籍を入れたいので社会人ならまだしも、学生なら学生結婚になるので両立は困難になる。それゆえに年下に魅かれることはなかった。 「ふうん」 「仕方ないだろ? モテる秘訣を教える交換条件として頼まれたんだから」 「その秘訣はどうだったんだ?」 「それが役に立ってたら、岡野は振られてないと思う」 「その通りだな。ところで、端末よこせよ」  事情を呑み込んだのか拘束は解いてくれたが、右手を差し出されて目配せされる。 「え……どうして渡す必要があるんだ。許可してくれたんじゃないのか?」  てっきり見逃してくれたのだと、数回の会話の中で圭人は解釈した。ところが、見当違いだったようで、〝ハア?〟と素っ頓狂な声を出されてしまった。 「なんでだ。誰もいいなんて言ってない。見ず知らずのヤツが俺の写真を持ってるなんて、気味悪いだろ?」  友宏の反論が尤もすぎて圭人はなにも言い返せなかった。困り果ててしまい、眉間にしわが寄る。 「確かにそうだが、でも……」 「圭人が俺の言うことを聞くってんなら、譲歩してやらなくもないけど」 「う……なんで僕が……ッ」  案の定、リスクを背負う展開に易々と持って行かれそうになり、圭人は必死に妥協点がないかを考えようとする。無駄足だとは分かっていても、はいそうですかと頷けるほど命知らずではない。 「じゃあスマホから画像消すから貸せよ。失敗したって知っちゃったら、合コン楽しみにしてた岡野は残念がるだろうけどな」 「僕が抵抗できないことを分かってて言ってるんだろ! 卑怯だぞっ」  痛くも痒くもないといった様子で腕を組み、何食わぬ顔で下から見上げている。余裕綽々ということは丸分かりだ。圭人はどうしても友宏には勝てない。 「卑怯なのは盗撮したそっちだろ。ま、どうしてもって言うんなら送ってもいいけど」 「ほ、本当か!?」 「圭人のスマホの待ち受けにするんなら許してやってもいい」 「ハア? 嫌に決まってるだろっ、誰が好き好んでお前なんか……」 「消すからスマホ出せ」 「くっ……!!」  陥落寸前まで追い詰められてしまった。今の圭人では、ここで起死回生するほどの手管は持ち合わせていない。唇を噛みしめてから端末を操作すると、さきほど撮影してしまった眼の開いた画像を選択した。腹の立つほどのいい男だ。トリミングもせずに待ち受けに設定すると、画面を覗くだけで視線が合ってしまう。こうなることは分かっていたが、実に落ち着かない。 「これで文句はないだろっ!?」  設定したばかりのスマートフォンを、紋所をかざす時代劇のように片手で前面に出してやると、友宏は満足げに頷いた。圭人は溜め息を吐き出してからメッセージアプリの画面を開き、突っ伏して寝ている写真を一枚添付する。友宏にばれたと脚注を添えてから岡野宛に送信した。早朝だというのに起きていたのか、すぐさま着信音が鳴ったので数回コールをやり過ごしたのち電話に出た。 『ばれたってどういうこと!?』  わざとスピーカーフォンにしてやると、圭人の代わりに友宏が愉快そうに答えた。 「合コンのために友人を売るんだな。これで何度目だよ」 『あれ、ミヤも起きてたの?』 「話しを逸らすんじゃない」 『ごめーん。でも、送ってくれたってことは使ってもいいんだよね? いやァ悪いね友宏くん』 「こういうときだけ名前で呼ぶな、気持ち悪い」  悪びれた様子もなく、ばれたというのに反省すらしていなかった。お灸を据えてやりたい気もするが、口車に乗った手前それはできない。だから友宏の判断に委ねることにした。人を言いくるめることに長けている岡野でも、唯我独尊を貫く男には敵わない。 「それに十代と合コンして捕まっても知らないからな。巻き添えにしたら縁を切る」 『え、縁起でもないこと言わないでよ! 大丈夫だよ、お酒飲ませるわけじゃないし、健全にカラオケとかだから』 「へえ。ま、こっちに迷惑かからないなら放置するけど」 『恩にきるよ、へへ。さて、講義まであと二時間は寝られそうだから、寝直すわ。おやすみ~』  そこで通話は終了してしまった。あっさり解放してしまったので友宏に詰め寄る。 「あれだけで許すのか!?」  納得できるはずがない。自分だけリスクを冒したというのに、張本人にはお咎めなしだなんて引き下がれるわけがない。 「他にどうしようもないだろう? それに、俺はお前の待ち受け見てるだけで愉快だしな」 「うわ……すぐ変えてやるッ」 「いいのかな~俺の写真ってだけで女子は釣れると思うけどな。ほら、撮られるの嫌いだから見つけたら断ってるし」  予想しなかったことを指摘され、うっと言葉に詰まった。そういう使い方もあるのだと知らなかった。 「見せて回るんじゃなくて、それとなく画面を出したまま置いておくんだよ。そうすると、目敏い女子なら見てるから、向こうから声がかかるぜ?」  居候しているという漏れただけで、取り囲まれたくらいだ。もしかしたら、言われた通りにそのままにしておくと、また声をかけられるかも知れない。そう思うと、変えようにも指が動かなかった。言いなりになるのは悔しいが、なんとしてでも異性と関りを持たなければならない。 「分かった……声がかかるまでそのままにしておく」 「ああ、最低でも一週間は変えない方がいいぞ」  噂が噂を呼んで確かめにくるだろうからと、先を見込んだ話しをされる。些か不本意だが一先ず信じることにした。
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