二・どうしてもモテたい

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二・どうしてもモテたい

 大学四年目の春。早い者では三年の段階で就職先から内定をもらっているが、そんなのはごく一部に過ぎない。まだなにも決まっていない一般の生徒は、自分の現状にそろそろ焦り出す頃合いだろう。尤も、父親の後を継ぐ予定の圭人には関係ないが――。  そんな将来の心配など、微塵も気にしたこともないような圭人が、昼時の学食で注文した親子丼を口にしているときだった。 「ねーねー誰が一位になりそうなの? 途中経過教えてよ~」 「もう出るからちょっと待って!」  浮足立っている女子の声。その周囲でそわそわと聞き耳を立てているのは複数人の男子だ。圭人もその中の一人だ。混雑した食堂内は、平常よりも騒々しかった。それもそのはず。 「彼氏にしたいランキング……ねえ。そんなのが気になるのか? お前」  カレーライスとサラダの入ったトレイ持参で、憎きライバルの宮友宏が近づいて来る。なんの断りもなく、さも当然という顔で目の前に着席した。高校時代からずっとこうだ。嫌悪を主張するためムッとして見せたものの、本人はちっとも気にしていない。福神漬けを容器ごと持って来たのか中身をごっそり入れている。 「うるさい。僕がなにに興味があるとか、関係ないだろ」 「へえ、関係ない……? 関係なら持っただろ、昨夜」  あと一人称が戻ってるぞ、とスプーンで指しながら指摘される。中学時代に〝僕〟ばかり使っていたところ、男らしい男子が好きなのと言われて玉砕して以来、自宅以外では人称を変えている。しかし、それすらも忘れて昔に戻ってしまうことがしばしばある。  記憶に新しい昨日のことを指摘されてしまい、頬がカッと熱くなった。身体を繋げたわけでもないのに、公衆の面前で言われてしまうと妙に照れ臭い。 「うっ……あんなの大したことないだろッ、たかがキスくらいで――!!」 「お前は誰でもキスをするのか? 酔ってなくても?」  聞き捨てならないことを言われてしまった。圭人は彼女いない歴=年齢というくらい異性とは縁がない。百戦錬磨と呼ばれている友宏とは違うのだ。 「……そんなわけないだろ。人の計画知ってるくせに、悉く邪魔してくるのは誰だよッ」 「そうか、それならいい」 「よ……よくない!」  むきになって反論するも、どこ吹く風という様子に腹が立ってくる。どうしてこの意地悪な男ばかりに人気が集中するのか、付き合いは長いけれど疑問は残るばかりだ。思わず睨んでいると、勘違いしたのかにやけられてしまう。 「はは、そんなに俺はいい男か?」 「…………ばーか、勝手に言ってろ」  そうこうやり取りしているうちに集計が終わったのか、後ろの席を陣取っていた女子たちからわっと歓声があがる。振り向きたい気持ちを抑え、何食わぬ顔で味噌汁を啜っていると、背後から突然声をかけられた。もちろん圭人ではない。 「おめでとう、ミャーくん!! 今回もミャーくんが一位だったよ~」  周囲から拍手と、誰がやっているのか指笛が鳴り響いている。ミャーというのは友宏のあだ名だ。中学時代に教師が噛んだことをきっかけに、周囲から呼ばれるようになった。圭人には可愛らしいあだ名がないので密かに羨んでいる。  異性は頬を赤らめ、同性はがっかりした様子を見せていることから、注目していた生徒は他にもいるようだ。圭人ほどではないが、もしかしたらと期待した連中が複数存在しているかも知れない。  エントリーとともに百円を支払い、選ばれると学食一週間分のチケットなど食券をもらえるので、見た目に自信がなくとも応募は殺到していた。友宏はそういうものに興味がないのだが、友人から他薦されたのだ。  応募総数が多ければ多いほど商品のグレードは良質なものに変わり、それを目当てに参加者が増える。全学年の生徒から選出されるため、年々増えていた。 「へえ、俺が一位なのか。投票してくれたみんな、ありがとう」  興味のなさが窺えるほどの棒読みだが、後ろにいる女子連中に向かってお礼を発した途端、黄色い悲鳴が上がる。ちょっとしたアイドルのようだ。圭人は内心うんざりしている。  だが、まだ本題には入っていなかったのか、友宏はもう一度話しかけた。 「あ、質問したいんだけど」 「なになに? なんでも答えるよ!」  気になるのは友宏の質問内容だ。嫌な予感がする。 「ランキング上位に、大河内は入ってる?」  案の定、自分の名前を出されてしまい慌てて阻止しようとした。これでは自分で聞いてほしいとお願いしたみたいで罰が悪い。けれど圭人が誤魔化す前に、女子の口から言い難そうに現実を突きつけられてしまった。 「えっ!? え、ええと…………ないです」 「だよね、ありがとう」  覇者からのありがた迷惑な行為に脱力しそうになる。なにが〝だよね〟だよ、と圭人は内心突っ込んだ。 「いやーまいるな……俺はそういうの興味ないけど、また勝手に岡野が応募したんだろ」  お前は自薦だろうけど、と余計なひと言を付け加えられる。圭人が嫌がることを知りながら、こうやって逐一からかってくるのだ。 「ど、どうだっていいだろ。それより、なんでお前みたいな意地悪が、女子から持て囃されるんだ? 可笑しいとは思わないのかッ」  友宏が注目されるようになったのは中学に進学してからだ。小学校時代はまだ、それほど目立つ生徒ではなかったので、年に数回告白される程度だったが、学生服になってからは頻繁に呼び出されるようになった。急に身長が伸び出したのもその頃で、女子というものは背の高い男子に惹かれるものだと勘違いするほどだった。高校に入っても平均程度だった圭人は、牛乳に煮干しと色々試してみたが、相変わらず伸び悩んだままだ。 「俺がどうしてモテてるのか分からないなんて、圭人もまだまだだな」 「な、なんだと?」 「そんなに理解できないなら、なにか掴めるまで観察してみたらどうだ」  新たに提案された内容に、圭人は一瞬押し黙る。友宏を理解することで本当に異性から人気が出るようになるのだろうか。告白された経験がないため、揺らぎそうになる。しかし、とあることに気がつき思い留まった。 「観察って、僕は経済学部だけど、お前は理工学部じゃないか。昨年で一般の履修は終えてるし、どうやって観察しろって言うんだ」 「そんなの、授業出るよりも簡単だろ? 家に泊まればいいんだ。なんならそのまま居候させてやってもいい」 「断る!」 「クク、即答だな」  ククッと小馬鹿にしたように笑われ、なんだか辱めを受けている気分になる。視線を逸らして気を取り直すと、文句を告げるために再度口を開いた。 「あ、当たり前だろ。お前の家に泊まるとか、無事でいられるわけがないじゃないか」 「当然だろ。据え膳食うのが男だからな。男はオオカミだから気をつけろって言うだろ?」 「…………僕も男なんだけど」 「ああ、知ってる知ってる」  本気にしていないのか、軽く言いのけられてしまった。話にならないことを悟った圭人は、親子丼の中身を急いで掻き込む。これ以上、長居をしても収穫は得られないだろう。  向かいの席でカレーライスを食べていた友宏は、完食したのか購買で売っているカスタードプリンを口にしている。学校給食のような組み合わせを揶揄しようとしたが、どうせここで指摘をしても、背後にいる女子連中が喜ぶだけだなと察知して静かに席を立つ。 (――泊まるくらいなら自力で彼女くらい、作ればいいんだ)  空になった器を返却すると、恒例の歯磨きを済ませてから行動に移すのだった。  異性に告白することは慣れている。中学時代から何度も玉砕を重ね、大学四年まで何百人と振られているので度胸がついてしまった。できることなら別の方面に精通したかった。  ところが、一人息子ゆえに後継者を残す必要があるので、彼女を見つけて結婚をする義務が圭人には課せられている。産まれながらに決められていたことだが、一度も疑問に思うことなく今年で二十二歳を迎える。 「あなたのことが好きです、付き合ってください!」  すっかり言い慣れてしまった。赤面することなどない。ターゲットを中庭で発見し、女友達と談笑しているところを連れ出した。  淡い桃色のワンピースを身に纏い、上品さを醸し出している可憐な彼女。笑うとえくぼが浮かび、腰まで伸ばされた艶やかな黒髪が男心を擽る。彼女を好きになったきっかけは、先日、教室で落とした消しゴムを拾ってくれたからだ。振られるのが一瞬ならば、恋に落ちるのも一瞬。圭人は異性から親切にしてもらうと弱いのだ。すぐに惚れてしまう。 「ごめんなさい……他に好きな人がいるの」  困惑気味の彼女が、花束を抱えている男にそう返事をした。 「そっか、呼び止めてごめん。ありがとう」  引き際が潔いのも慣れからくるものだろう。小さくお辞儀をした彼女は、後ろで見守っていた友人の元へと駆け寄った。  今週で三度目だ。友宏に居候を持ちかけられてから、余計躍起になって頑張っているが快い返答は一度もない。みな一様に困惑し、引き攣り気味の表情を見せる。 「見た目清楚なくせして、遊んでるのかもな」  なんて腹いせに呟くのも三度目だ。 「こらこら大河内くん。そんなこと言ってるからダメなんだよ」 「……あ、岡野」 「学食に来ないから探したんだ。ミヤも待ってるよ、大河内くんのこと」  もう一人の幼馴染みである、岡野祭に声をかけられる。独り言を聞かれていたようで、少々罰が悪いが異性ではないのでホッとする。  岡野は友宏よりも背は低いが、体躯はがっしりしていて男らしい。圭人と同じ学科を専攻しているので、自然と共に行動することも多かった。 「ミヤから聞いたけど、一般家庭の生活を知るためにも、何日か世話になった方がいいと思う。花嫁候補は一般人なんだろ?」 「岡野までそんなことを言うのか……」 「大河内くんは世間知らずな節があるし、そういう意味でも学べていいんじゃないかな」 「うーん……」  言葉の足りない友宏とは違い、岡野は理由まで事細かく説明した。だからと言って簡単に決められるはずもないが。  外堀を埋められているようでいい気分はしなかった。  午後の講義が一つ休講となり、手持無沙汰のまま陽の当たるベンチに寝転がる。中庭で日向ぼっこをしていると、背後から聞きなれた声がした。 「頼むよミヤ~、フラれたおれを助けると思って、今回ばかりは参加してくれないか?」 「岡野……不自由してないって知ってるだろ」 「う……分かってるよ。けどそこをなんとか……。またミヤの頼み、聞くからさ~」  振り返ると案の定、見知った二人が言い争いをしていた。掌を合わせて懇願している岡野を、友宏は呆れた様子で傍観している。圭人には気づかずに通り過ぎようとしていた。 「一体なんの話だ、二人とも」  気になったので問いかけてみると、岡野はあからさまに動揺してみせた。なにかあるなと確信する。 「あ、ああ大河内くんじゃないか、ごきげんよう。ここで昼寝でもしてたのかい?」 「口調が可笑しいぞ、岡野」 「あはは気のせいだよ、気のせい」  明らかに誤魔化されたので、今度はターゲットを変えて隣にいた男に視線を向けた。 「なんの相談なんだ?」 「合コンに顔出してくれってさ」 「ごうこん?」  岡野がしまったという顔になった瞬間を圭人は見逃さなかった。どうして誤魔化したのか気になるところだが、問題はそこではない。 「参加してみたいんだが……いいか?」  そう切り出すと、友人は途端に視線を逸らして押し黙ってしまった。圭人に参加してほしくないのだろう。逆に友宏は愉快そうににやにやしている。対照的な反応をしている二人に、ますます怪しさを感じ、ここは何としてでも粘ろうと闘争心に火がついた。 「圭人も来るなら行く」  面白がっているらしい友宏の含み笑いに、岡野は大袈裟に驚いて見せた。 「えええー!? けど今回の面子って――」 「なんだ岡野。僕の存在は場違いだとでも言いたいのか?」  心外とばかりに拗ねて見せると、焦り出した岡野が唸り始める。陥落するまでもう少しの辛抱だ。 「そ……そうじゃないけど……そうじゃないけど、おススメはしないよ?」 「それでもいい。行く」 「……わかったよ、けど後悔しても知らないからね?」  何度も念を押され、ここまで渋られた意味を数時間後に理解するのだった。  こ洒落た煉瓦を積み上げた外装に、煌びやかな電飾が目立つ看板。敷地店舗はたいして広くは感じないが、メニューの豊富さからか女性客が目立っていた。  幹事である岡野が個室を予約し、そこに集まったのは女子五人と男子六人。人数が合わないのは一人増えてしまったせいだ。モデル張りの美人と、そこそこ見目のよい男子の集団の中で、ビン底メガネだけが浮いていた。圭人は女子全員を前にごくりと息を飲む。 「はじめまして~未咲です。お酒は強いんですよ」 「私は弱いのでお手柔らかに」 「みなさん、料理は大皿のものでいいですか? 飲み物も注文しちゃいますねー」  狐に摘ままれた気分を味わうとは考えもしなかった。この一週間で振られた女性が三名、先月振られた女性が二名座っているのだ。岡野がしきりに止めようとしたのも頷ける。  順番に視線を送ると、圭人に告白された過去のことなど忘れましたと言った素振りを貫き、あれやこれやと世話を焼いている。人知れず落ち込んでいると、隣に座っていた友宏が愉快そうに笑みを浮かべていた。軽く殺意が湧いてくる。  おまけに異性の視線を漏らすことなく集め、他の男子は盛り上がることもなく黙々と料理を摘まんでいた。これでは不平不満を漏らす輩も現れそうだ。ところが、誰一人として友宏を敵視することはなかった。 (……時間の無駄だ、帰ろう)  なにを好き好んで振られた相手と飲み会しなければならないのか。女子とは違い、素知らぬ顔で居続けるほど図太い神経は持ち合わせていない。潔く諦めて迎えの連絡を入れると、用事ができたと嘘を吐いて戦線離脱した。  車窓をぼんやり眺めていると、ズボンのポケットに収めていたスマートフォンが小刻みに振動した。午後七時を回ったこの時間帯に電話をしてくる相手といえば、一人しか思い浮かばない。すぐさま取り出し画面に触れると、深呼吸してから耳元に当てた。 「……はい、圭人です」  通話の相手は母親だ。圭人はよく、可愛い花嫁候補を連れて帰ると口癖のように言っているのだが、一向に誰も連れて来ないので心配しているらしい。自らが婚姻届を出したのは二十歳だという。その年齢をとうに過ぎた一人息子が、実家に彼女すら呼ばないことに不満を抱いているようだ。  まことに勝手な話しだが、一人息子ゆえに後継者を残す義務があるので、圭人の母親は少ししつこいくらいだ。ほぼ毎日かかってくる。電話に出ないと不機嫌になるため、午後七時を過ぎたら端末を見るようにしていた。  手短に通話を済ませると、目を閉じて長めの溜め息を吐き出す。小言を言われて少し冷静になれたのか、圭人は大きく頷いた。 「悪い、室井。実家じゃなくて、先に寄って欲しいところがあるんだ」 「珍しいですね。寄り道一つしなかったあなたから、そんな言葉が聞けるとは」 「不本意だけどな」  ハンドルを握りながら不思議な顔をされたが、圭人がそれ以上なにも言わないことが分かると、室井はウィンカーを上げて引き返した。口頭で大よその目的地を伝えると、そこへと向かって走り出した。  圭人はとある場所を訪れていた。閑静な住宅街にひっそりと佇む建物。築年数がそれなりに経過しているので、薄汚れてはいるが外壁はコンクリートで固められているので頑丈そうだ。そんなマンションを下から見上げて、やっぱりやめようかと退きそうになる。  しかし、母親との通話内容が蘇り思い留まる。エントランスを通り抜け、エレベーターで二階へ向かうと、聞いていた部屋の前に辿り着く。 「…………圭人?」  数分待っていると、ようやくお目当ての人物が帰宅したのか姿を現せた。 「遅いぞ。何分待たせるつもりなんだ」  連絡もせずに押しかけたことを棚に上げ、踏ん反り返って開口一番文句を告げる。待ち伏せされていた友宏は、ハトが豆鉄砲を食らったような表情をして見せたものの、すぐさま状況を察知したのかほくそ笑む。  玄関前では近所迷惑とのことなので、友宏は鍵を開けて居間に通した。この前はまじまじと眺める余裕がなかったが、きちんと整頓された室内に感心する。テレビと二人掛け用のソファー、そしてテーブルと本棚があるだけだ。圭人の実家にあるような有名陶芸家のツボや、著名人の肖像画、彫刻作品などは一切見当たらない。余分な物など置かれていない空間は新鮮だ。 「悪い悪い。うちに来たってことは、この前の続きをしに来たんだろ?」  ソファーに座るように促されると、大人しく腰を落ち着けた。友宏はやかんを火にかけ、どうやらコーヒーを入れてくれるようだ。 「ち……違う、ばか。前に言ってた件があるだろ? 例の、あれだよ」 「ククッ、どれだよ。はっきり言われないと、俺分かんないなァ」  悪い笑みを隠さず腕を組み、値踏みしているかのような視線を送ってくる。本当はこんなことなど頼みたくはない。自分の力でどうにかしたい。どうにかできると思っていた。けれど、母親からのプレッシャーがどうしても背中を押す。 「…………今週末から世話になるから」  悔しそうにそう切り出すと、友宏はあまり見せたことのないような満面の笑みを浮かべた。普段しているような人の悪そうなものではない。例え敵視している相手でも、端整な顔立ちの男が微笑めば、どう反応すればいいのか困惑してしまう。 「と、とりあえず一週間だけだから」  戸惑いつつも居候する期間を切り出すと、先ほどしていた笑みを即座に引っ込める。 「たった一週間で、俺のことが分かるのか?」  そう言われてしまうと自信はない。観察眼に長けていると自分では思えないし、鈍感だと揶揄されることの方が多い。飲み会に参加している全員が男だと勘づいているのに、罰ゲームで女装した先輩が混じっていたことを圭人だけが見抜けないということがあった。  けれど日数を予め設けなければ、いきなり他人との生活で上手くやっていけるとも限らない。 「し、四六時中観察すれば余裕だろ、うん」 「へえ、そいつは楽しみだな」 「……とりあえず、それだけだから。帰る」 「待った。せっかく湯を沸かしたんだし、コーヒー飲んで行けよ」 「う…………一杯だけなら」 「ああ、すぐ淹れる」  見慣れない大きなビンから茶色の粉末を取り出し、不揃いのマグカップに湯を注ぐとあっという間に匂いが立ち込めた。作っている段階を目にしたのは初めてだ。執事である室井が淹れたもの以外はあまり飲んだことがない。 「砂糖とミルクはいらないんだよな?」 「ああ、いらない。いつもブラックだ」  マグカップを受け取ってから、鼻孔を擽る香りを軽く味わう。冷めないうちにいただきます、と呟くと恐る恐る口をつけた。飲んだ瞬間、圭人はすぐさま顔を上げた。 「うわ、うっす!! あんまり美味しくない」 「市販のなんてこんなもんだろ。お前が来るって知ってたら、ちゃんと用意してたよ」 「うるさいな、不味いものは不味いだろっ」 「次来るまでに買っておくから、今日は庶民の味で我慢しろ。ほら、これ入れたら少しは美味くなるだろ?」  そういうなり断りもなく牛乳を注がれる。黒からベージュに染まり、これでは温いじゃないかと反論する。すると冷凍庫から取り出した氷を入れられた。 「わ、勝手に入れるなよ……」 「いいから飲んでみろ」  どこにそんな自信があるのか勝ち誇ったような顔をされ、仕方なくもう一度口をつけた。不味ければ容赦なく指摘するつもりだった。ところが。 「う……」 「美味いだろ?」 「ま、まあまあだな。飲めなくもない」 「ったく、素直じゃないヤツ」  カフェラテのようなまろやかな風味になり、一気に中身を飲み干してしまった。最初からこっちを出してくれればいいのにと、圭人は文句を零しそうになりハッとする。今のは咄嗟に気転が利くところをアピールされたのではないだろうか。  だが、それを確かめようにも、何だか癪で言い出しにくい。こういうとき、自分の性格の厄介さを自覚する。プライドが邪魔をして質問できないことが多々あるのだ。  取りあえず訝しげに見やると、おかわりするかどうか尋ねられる。外で車を待たせているのでやんわりと断ると、足早に退散した。
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