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第30話 運命の女神
再び鏡に靄がかかりはじめたのだ。靄は再び私の顔を覆い尽くしていく。
「ま、まさか…?」
すると思った通り、先程とは違う映像が鏡の中に映し出された。
「え?私?」
そこに現れたのは私だった。私はどこか見覚えのある場所を日傘をさして歩いている。やがて歩いて行くうちに湖が見えて来た。
「あ…ここは城の傍にある湖だわ」
湖の側を歩いてる私は突然つよく突き飛ばされてしまい、湖の中に落ちてしまう。
「!」
あまりの突然の映像に悲鳴が上がりそうになるのをすんでのところで堪えた。そして再び映像が切り替わり…私を突き飛ばした人物が映像に浮かび上がる。
その人物は…。
「へ、ヘルマ…」
ヘルマは笑みを浮かべて何かを見下ろしている。まるで私が湖に沈んでいく姿を愉しんでいるようだった―。
「…」
私は呆然とベッドの上に横たわっていた。この屋敷にいる者たちは誰もが私の命を狙っているのだ。
「あの映像は…この先に起こる未来の出来事を映し出しているのかもしれないわ…」
私はまだ生きている。今のうちにこの城を逃げ出せば湖に突き落とされる未来は無くなる。
けれど…。
このままただ逃げて、一生叔父家族の影に怯えて息をひそめた生活を送るなんてごめんだ。私から全てを奪い、裏切った者達を許すわけにはいかない。
「そうよ…やられたらやり返す。それが筋よ…」
私はそっと手鏡に触れた。あの部屋でこの鏡を見つけたのは決して偶然ではないはずだ。私を憐れんだ運命の女神が手を貸してくれたに違いない。
私はこの先に起こる出来事を知っている。ならそれを逆手にとってしまえばいいのだから。
そして私は目を閉じた―。
****
翌朝―
鳥のさえずりで私は目を覚ました。
「う…ん…」
いつの間にか私はベッドの上で眠っていたようだった。
「もう朝なのね…」
横たわったままぽつりと呟いた。
「全く…昨夜あんな光景を目撃してしまったのに…眠ってしまうなんて…」
自分の婚約者が別の女を抱いていた…。普通ならショックで眠る事など出来ないはずなのに、気付けば夢も見ずに私は眠ってしまっていた。
「私って…随分神経が太い人間だったのね…」
いや、違う。恐らくあまりにもショックな出来事が多すぎて感覚が麻痺してしまったのだろう。
「起きなくちゃ…」
ベッドから身体を起こし、室内履きに履き替えるとクローゼットに歩み寄った。
ガコン
扉を開けて、ドレスを手に取ろうとした時…。
「あ…これは…」
それは夢で見た時に着ていたドレスだった。
「もしかして、あの夢は…」
私はそのドレスを手に取った―。
着がえを済ませ、ドレッサーの前で髪をとかしていると扉を叩く音が聞こえる。
「フィーネ。起きているかしら?」
その声はヘルマだった。
「ええ、起きているわ」
すると扉が開かれ、ヘルマが部屋の中に入って来た。
ヘルマ…。
昨夜の出来事を思い出し、思わず両手を握りしめてしまった。
「何かしら?」
するとヘルマは言う。
「ねぇ、私達…たった一人きりのいとこなのだから…やっぱり仲直りすべきじゃない?」
一体どの面を下げてそんな図々しい事を言うのだろう。
「ええ。そうね」
「良かった、それじゃ仲直りのしるしに朝食前に湖まで散歩に行かない?」
「…ええ。いいわよ」
「良かった。それじゃ城の出入り口の前で待ってるから必ず来てよ」
「勿論、必ず行くわ」
「それじゃ、先に行ってるわね」
ヘルマは笑みを浮かべると部屋を出て行った。
ええ、ヘルマ。
貴女の望み通り…湖に行ってあげるわよ。
クローゼットで手に取ったドレスの裾を私は握りしめた―。
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