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第32話 湖の惨事
「湖面がキラキラ光っていて、とても綺麗よ。もっと近くまで行ってみましょうよ」
ヘルマが私を促してくる。
「ええ、そうね…」
ヘルマが私のすぐ後ろをついて来る。恐らく私が湖のすぐそばに立った時に突き飛ばす気なのだろう。
いいわよ。ヘルマ…やれるものならやってみなさい。
私はポケットからあの手鏡を取り出すとヘルマに見つからないように鏡で背後を伺いながら湖へと近付いて行く。
「本当に雲一つない青空で気持ちがいいわね」
私は歩きながら鏡に映るヘルマの様子を伺った。ヘルマは興奮しているのだろうか?ソワソワと落ち着かない素振りを見せている。
その様子があまりにもおかしくて思わず笑いたくなってしまう。私は…少し壊れかけているのかもしれない。
ヘルマ…生憎だけど、湖に落ちるのは私では無く…貴女の方よ。
「まぁ、何て綺麗な湖なんでしょう」
湖のすぐそばまで来ると私は足を止めた。もうすぐ足元は湖である。そして鏡の中のヘルマの様子を見守っていた。
すると…
ついにヘルマが動いた。私の方に足早に近付いてくると両手を前に突き出す構えを見せ…。
素早く私は左に動いた。
私という対象物がいなくなったヘルマは勢いが止まらず、悲鳴を上げた。
「キャアアアアッ!!」
ドブーンッ!!
悲鳴と共に大きな水しぶきが上がった。ヘルマが湖に落ちたのだ。
「た、た、助けっ!ガボッ!!」
6月とはいえ、まだ湖の水は冷たい。まして、ヘルマはドレスを着ている。これでは泳げるはずもない。
「キャアッ!ヘルマッ!大丈夫っ?!」
私は大げさに騒いだ。勿論心配なんかこれっぽっちもしていない。私を突き落として殺そうとしたのだから、いっそこのまま死んでくれればいいのだ。
「フィ、フィーッ!ガボッ!!」
ヘルマは必死の形相で水の中でもがく。
「待ってて!私じゃ助けられないから誰か人を…」
その時―。
「ヘルマーッ!!」
大きな声がこちらへ向かって近付いて来る。振り返るとそれはジークハルトの姿だった。
ジークハルト…!
その姿を見て私は絶望的な気持ちになった。私達の後をつけていたのはメイド達では無かった。ジークハルトだったのだ。恐らく彼は私が死ぬのを見届けに来たのだろう。
「ヘルマッ!待っていろっ!今助けるっ!」
ジークハルトは私の前で迷うことなく湖に飛び込み、溺れているヘルマを抱き抱えると力強く湖面から陸地に上がって来た。
「ヘルマ…。大丈夫だったか…?」
「ジ、ジークハルト様…」
ジークハルトは青ざめてガタガタ震えているヘルマをいとおし気にしっかり抱きしめた。
そして…。
「フィーネッ!!貴様…わざとヘルマを湖に落としたなっ?!」
びしょ濡れになりながら、私を見上げて憎々し気な目で睨みつけて来た―。
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