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今日、一人のアイドルが卒業した。
生まれて初めて応援したアイドルだった。
アイドルグループ『ELEVEN Knights』は、国民的アイドルグループである。
好感度は非常に高い。何しろ、十一人もいながら、スキャンダルのスの字もないのだ。
週刊誌の記者がどれほど嗅ぎまわろうとも、出て来るのはメンバーの良い人エピソード、もしくはほっこり癒されるエピソードばかり。ファンからは「安心して推せる」ともっぱらの評判だ。
そこに所属していた、立花柳というメンバー。
『神が作りたもうた奇跡』という大仰なキャッチコピーを付けられても違和感を抱けないほど完璧な顔立ち。
身長は百八十センチ、低めの美声で紡がれる歌は、作業中でもつい手を止めて聞き惚れてしまうほどだ。
物静かで、アイドルの癖にあまり笑わない。けれどそれは彼のクールな印象によく似合っていた。言わずもがな、イメージカラーは青だ。
立花柳は、トップアイドルの名に相応しい人間だった。
そもそも、悪ノリした神がこれでもかと整えて作ったかのような美形なのに、その上、歌もダンスも演技も、何をさせても非の打ちどころがなかった。
挙句、バラエティ番組に出れば、クールなイメージの範囲内で、きちんと笑いをとって帰ってくるし、真面目なドキュメンタリー番組に出れば視聴者の尊敬と感心を根こそぎかっさらった。
普段はクールなキャラクターの彼だが、ライブコンサートでは最後の最後、姿が見えなくなるまでファンに笑顔で手を振っていくのが定番だった。
普段はクールな彼が見せる、いわゆる『デレ』のような一面に落ちたファンは多い。
そんな彼が、何の前触れもなくアイドルを卒業すると言い出したその日、世間は大いに沸いた。
やれ女性を妊娠させただの、やれ暴力沙汰だの、はたまた病気説に政府の陰謀論だなんて話まで飛び出した。
ありとあらゆる噂が人々の間で流れたが、結局、それらの噂を証明する確たる証拠はひとつも出なかった。どれもこれもデマなのだから当たり前だ。
事務所と本人の口から出た説明が「一身上の都合」だけだったのも、余計な憶測を誘う原因となっていた。
立花柳は、噂を真実と思い込んだ人の誹謗中傷や冷やかしの声、やめないでほしいというファンの懇願すらものともせずに、ひたすら沈黙を貫いた。
炎上したSNSも鎮まり、ファンたちも「立花柳は卒業する」という現実を受け入れた頃。
『ELEVEN Knights』の活動開始十年を記念するアニバーサリーコンサートをラストに、立花柳はあっさりと卒業した。
最後と言えどパフォーマンスはどこまでも手を抜くことはなく、やりきったと言っても良い素晴らしい幕引きだった。
最後の一秒までいつもそうしていたように笑顔で手を振り続けた彼に、彼をメインで推していたファンだけでなく、別なメンバーのファンすらも涙を禁じえなかったという。
ひとつ、ファンを不安にさせることがあるとすれば、彼の今後の活動については何ひとつ言及されぬままの卒業だったことだろうか。
元トップアイドル・立花柳。
彼は今――……
俺の部屋で寝そべって、スナック菓子を食べながら漫画を読んでいた。
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