残花

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残花

──太陽が沈むこの時に。 彼は『ここ』で祈りを捧げる。 断崖絶壁の海に面した強固な城の──唯一残されている海辺で、燃えるような夕陽に向かい静かに厳かに祈りを捧げている、その少年の名を私は呼ぶ。 「四郎」 あどけなさの残るその美しい顔を綻ばせ、少年──四郎は私に手を振った。 「右衛門作(えもさく)。どうした? 私に何用か?」 そこまで言って、四郎が笑顔を消し、眉をしかめた。 「まさか……幕府の奴らが攻めてきたのか!? それとも、誰かがケガをして……」 「違う違う」 笑いながら、四郎の言葉を遮り、私は四郎に一冊の書物を手渡した。 「貴方に頼まれていたものだ。子供達への教本が欲しいと言っていただろう?」 「ああ……」 四郎が満面の笑みを浮かべ、教本をパラパラと捲った。 「子供向けになってるかどうか……自信はないが」 「そんなことはないぞ!! 分かりやすく説明もあるし……なにより、この挿し絵が良いと思う。特にこの……ネズミとウサギがやり取りをして、説明しているのは良いな。面白いし、子供達も喜ぶ」 「そうか……」 「流石は、希代の南蛮絵師。いや、絵だけではない。お前の文章も素晴らしいと思うぞ」 「……刀を捨てた俺が、唯一貴方にできることは、これしかないから」 「右衛門作……。いや、山田右衛門作よ……」 四郎が書物から目を離し、私を見据えた。 「お前は、立派な武士だ。圧政に泣き、苦しみ、(デウス)に救って欲しいと願い、集まった人々が神の聖心のままに戦えるのは、お前が戦い方や文字……いろいろなことを教えてくれるからだ。お前は……間違いなく、デウスが私に遣わせた天使だ」 いや、それは違うだろう。私は…… 「デウスの使者ではない。誠にデウスの使者であれば……此度の戦、止められていたはずだからだ。救える命もあったからだ」 「……例の話であれば、私は受けぬぞ」 四郎が私に冷たく言い放つ。 「私が降伏すれば、私を信じてついてきた者達はどうなる。女や子供……年寄り達はどうなる?」 「四郎。だからそれは、私に任せて貰えば、嘆願できると……。貴方の命も、彼らの命も散らせたりはさせぬから──」 「無理だ」 四郎がにべもなく答える。燃えるような夕陽が、四郎の美しい顔を染め上げる。
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