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兵の声が底冷えしたものに変わる。
「お前も異教徒だったのか?」
「ち、ちが……!」
「じゃあ、早くしろよ」
いきり立った兵が少年兵の背中を押し出す──あたしにはそれが、世界の縮図のように見えた。
そうだよね。これが現実というものなんだ。
世の中には序列がある。立場があって決まりがある。たとえ世界の片隅で平等を叫ぼうと、生まれついての奴隷は人間扱いされない。そうでなくとも規範から外れれば簡単に傷つけられる。
母自身に罪はなくとも、世界にとって母は立場をわきまえない泥棒猫で、あたしは奥様を苦しめる疫病神だった。殺戮に参加しない少年兵は、たとえ人殺しを恐れているだけでも、異教徒に情けをかける裏切り者でしかない。
平穏なんてどこにもない。たとえ一時的に与えられたとしても、そんなものは仮染めだ。
だけど──。
少年兵は震えながら剣の柄に手をかけた。かろうじて抜き放つが、思い切れずにあたしの目を見つめてくる。
まるで助けを求めるように。
あたしに許しを請うように。
それはあたしの姿だった。ついこの前、なりふり構わず助けを求めたあたしの──追い詰められ、自分が助かることしか考えられなくなっていたあたしの。相手の事情などお構いなしに、与えられる慈悲に縋った。
今度はあたしが、慈悲を与える番なんだ。
そうとしか思えなかった。集落のみんなは危険を顧みずあたしを助けてくれた。一生分の幸せをくれた。たとえ仮染めでも、生きる喜びを知らぬままに死んでいくよりずっとよかった。
誰かが誰かに愛を注ぎ、救われた誰かが別の誰かを救う──そうして喜びは広がるのだと神様は教えてくれた。だからあたしも返してあげたい。そのチャンスが今なのだ。
養父母だったら、集落のみんなだったら、絶対にこうする。世界が優しくなればいいと願うなら、あたしも優しくならなくちゃ。
だから、あたしは笑ったんだ。
ものすごくなさけない笑顔だったけど、少年兵に、いいよと言ってあげるつもりで。
その代わり、ちゃんと生きてね。
あたしがしてあげたみたいに、いつか誰かを助けてあげてね。
心の中で言葉をかける。頷くように目を閉じた。
少年は、絶叫する。
激痛があたしを襲った──。
完
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