傍観者

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 リュウがこくりと頷くと、本当にそうなんだとアスカは思った。もう何年もこの家に暮らしているのに、一回も会わないなんてことあるんだ。それでも、アスカはそこまで考えて首を横に振った。 「一回も会ったこと無い」 「うん、ぼくも君に一回も会ったこと無い」  アスカはビクッとなると、サッと伏目になった。リュウに瞳を見られないために、隠す。リュウはアスカの瞳を覗き込むように顔を近づけると、アスカは「嫌ッ」と拒絶反応を起こした。腐った臭いがする。匂いじゃなくて臭い。染み付いた腐臭が、鼻を燻ぶった。 「ぼく、ずっと部屋に閉じ込められてた。だから会わなかったんだと思う」  リュウが拒絶されたことを何ともなさそうに言葉を続けると、アスカは顔を上げた。バチっとリュウと目が合って、黒い記憶が引き出されそうになる。 「君もだよね?」  リュウがそう言うと、アスカは躊躇いながらお父さんとお母さんだったモノを見る。走馬灯のように今までの苦い記憶が蘇ってきた。カカオ100%のチョコレートよりも苦い記憶が。カカオ100%のチョコレートにトリカブトの猛毒が混ぜられたような記憶が。  自然とアスカは頷いていた。 「辛かったね」  リュウはそう言ってアスカの頭を撫でると、体を寄せ合ってくる。背中に手を回してぎゅっと抱きしめた。  冷たい。でも温かい。久しぶりの人の温もり。  アスカはまた涙を流した。血がべったりとついた自分の掌をリュウの背中に回して、わんわんと泣きわめく。泣くことも許されなかったから、今までの枯れかけていた涙が全部外に出た。リュウは優しくそれを受け止めてくれて、まるでアスカの罪までもを許してくれるような聖母の温もりを感じた。 「ぼくたち、だね」  年齢的にはもう中学2年生なのに、身体的にも精神的にも小学生のような幼さが残っている。それなのに、小さな心で、小さな体で、大きな罪を犯してしまった。小さな心に、小さな体に抱えていた大きな憎悪が、大きな罪に繋がってしまった。
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