Life

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「今日、救急車で運ばれた田添悟の親族のものですが、どちらに行けばいいですか」  言葉を選びながらも受付に伝える。平日、午前中の中央病院の総合受付はごった返していた。  受付の中年女性は不機嫌そうにパソコンを動かし、画面の文字を目で追う。画面を見ながら、女性が事務的な声を出した。 「...田添...悟さん、とのご関係をお聞きしてよろしですか?」 「息子です」 「...今、救急病棟で処置を受けておられます。ここを真っすぐいき、突き当りを右に曲がってください。そこにインターホンがありますので押して下さい。係の者が案内いたします」  軽く会釈をして救急病棟へと向かった。身体は急いでいるのに心が追い付いていかない自分がいた。  今朝、家を出る前の風景が何度も繰り返し脳裏に浮かぶ。普通にご飯を食べ、午前中に買い物に行くと言っていた。いつもの風景でいつもの親父だった。  親父は85歳と高齢のわりにしっかりしている方だと思う。少々頑固ではあったがまともなことを言って、身の周りのことは概ね自分でする。だから、1時間前に消防署から伝えられた言葉は、嘘だと信じたかった。 『お父様が今、中央病院に居られます。ご自宅からご自分で電話をされ、私達が急いで駆け付けた時は意識がありませんでした。急いで一番近い病院に搬送しました』  伝えられた通りインターホンを押した。暫くしてから、全身を防護服に身を包んだ女性が現れた。ここは日本に上陸したコロナの現場なのだと、慌てて現れた女性が全てを物語っていた。中は見えなくともひっ迫しているのが伝わってくる。 「田添悟さんの息子さんでいらっしゃいますね。私は看護師の井上です。今、お父様は意識を失くされて、当直の医師が治療に当たっています。詳しいことは検査中でお伝え出来ませんが、検査の結果が分かり次第、担当医の方から説明がございます。申し訳ありませんが、ここでお待ちください」  看護師が長い廊下に手をかざした。長椅子がいくつも壁に添うように置かれている。そこには疲れ切った顔をして携帯を覗いている者が手前に座り、空気を読めない明るさで笑う小さい子と母親が少し離れた場所に座っている。ただうつ向いている若い男性が入口の近くに立っている。誰もが様々の事情を抱え、だたここで待っているのだと思った。  私は一番端にある誰も座っていない場所に腰を下ろした。
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