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インターホンの無機質な音が鳴り響く翌日夕方。
「はあい」と母親が機嫌よく玄関扉を開ける。
「あら、先生。息子をどうぞお願い致します」
まだ低いリクの目線からも、外に向かって丁寧にお辞儀をする母親が見えた。
程なくして、気品のある顔立ちの男が居間に上がる。
僅かに下がった丸眼鏡の奥には、優しげな瞳が埋まっていた。
「やぁ、君がリク君だね。僕は田中ヒロト。よろしくね」
リクは渋々、先生を自分の部屋に招き入れた。
初対面の男と二人きりになること自体かなりの抵抗があったものの、
彼だけに見せる母親の鋭い目つきが拒むことを許さなかった。
余所余所しい空気を感じながら、早速指導が始まる。
リクの現在の実力を測るため、まず初めに小テストが催された。
とりあえず与えられた問題を自分なりに解いてみるリク。
結果は相変わらずの30点。
中でも分数の計算をことごとく間違えてしまっていた。
「どうも分数分野が苦手みたいだね。普段の勉強で参考書は使ってる?」
教科書以外から学びを得た試しがない彼は首を大きく横に振った。
放課後になったらすぐにでも遊びたいのに、
宿題に関係ない自習なんてもってのほかだった。
「そっか。じゃあ、僕オススメの参考書があるから、今日はそれを使っていこう」
先生は膨らんだ鞄の内ポケットから一冊を取り出す。
年季の入ったタイトルは『魔法使いと分数村』。
「ファンタジー小説みたいだなって思ったでしょ?
僕が小学生のときも、これを使ったんだよ。開いてみて」
分厚い参考書からは相応のずっしりとした重量が伝わってきた。
まさに知識が詰め込まれているという感じがした。
未知への興味が勝手にページを捲らせる。
「わあぁぁぁぁぁ!」
目次を過ぎた途端、リクは抗う間もなく本の中へ吸い込まれてしまった。
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