春の終わり

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3月も後半にさしかかり、世間は卒業シーズン。桜のつぼみも膨らみ始め、暖かな日が増えてきた。 今日もいいお天気だ。 真っ青な空に白い雲。 暖かい日差しの中で、風が適度に吹いている。 春だなぁ。 特に用もないけれど、この陽気に誘われて外を散歩しながら、オレは春を満喫していた。 春の日差しは気分を上げる。 なんだか鼻歌を歌いたい気分でコンビニでお気に入りのエナジードリンクを買い、少し遠回りして帰る途中、突然目の前に人が現れた。 「久しぶり」 眩しいくらいに爽やかな笑顔でそう言いながらオレの方に近づくその人を、オレはスッとかわして歩みを進める。 春は気分も上がるけど、人を妖しい気持ちにもさせる。 春は変質者も増えるから気をつけないと。 せっかくの気分が台無しだ。 さっさと帰ってエナドリを飲もう。 「ちょっ・・・ちょっと待って・・・」 なのにその人は横を通るオレの腕を掴んだ。 「シカトしないでよぉ」 オレの腕を掴みながら情けない声を出すその人に、思わず舌打ちが出る。 しまった。オレとしたことがなんてはしたない。 オレは思いっきり作り笑顔だと分かる顔を作った。 「申し訳ございません。誰かと人違いをされているようです。すみませんが急いでいるので失礼します」 嫌味なくらい丁寧にそう断ると、笑顔のままオレの腕を掴む手を離し、再び歩き出す。なのにしつこくその手を掴み、その人はなおも食い下がる。 「頼むよ、二千翔(にちか)。困ってるんだよ」 ここまで知らないと言って、関わらないようにしてるのに、なんでこいつはオレの名前を呼ぶんだ。 「困ってるんなら別のやつの所へ行けば?」 他人のフリはもうやめた。 オレは思い切り嫌な顔をして手を振りほどいた。 「オレを助けられるのは二千翔しかいないんだよ。頼むよ。昔の好で助けてくれよ」 乱暴に振りほどかれた手を擦りながら、相変わらずの爽やかな笑顔でそう言うけれど・・・。 「なんで今さら、オレがそんなことしなきゃいけないわけ?」 「なんだよぉ。ちょっと浮気したくらいでそんなに怒らなくてもいいだろ?」 なんの悪びれもなくサラッと言うけど、『浮気』は『くらい』じゃない。しかも、オレたちの関係において『浮気』は成り立たない。 だってオレたち、付き合ってなかったろ? 「もう3年も経つのに、まだ怒ってるの?相変わらず根に持つタイプだね」 オレのこめかみがピクっとする。 だから、付き合ってなかったんだから根に持つはずないだろ? そんな言葉をすんでのところで飲み込んで、オレは無視して歩き出した。なのにそいつはオレの手を再び掴んでついてきた。 「せっかく可愛い顔してるんだから、そんな怖い顔しないでよ」 なおもイラッとすることばかり言うそいつを、オレは完全に無視をする。 大体どこまでついてくるんだか。いい加減手を離して欲しい。 傍から見れば手を繋いで歩いているように見えるのだろう。道行く人がみんなオレたちを見ている。 それでなくても目立つのに。 こいつはやることは最低だけど、顔だけはいい。だから女にすごくよくモテる。 学生の頃からそうだった。 同じ大学のこいつはいつも女に囲まれていた。女だけじゃなく男にも好かれていて、なんて言うか『人たらし』だった。 いつも誰かがそばに居て、そこだけ華やいでいた。 交友関係も派手で、誰と付き合った、別れた、と何かと騒がれていたそいつとは対称的なところにオレはいた。いわゆる陰キャのオタク。目立つのが嫌い。コミュ障で人付き合いも苦手。とりあえず大学に行っただけで、キャンパスライフを楽しむつもりもない。講義以外はスマホをいじり、終われば即家に帰った。 そんなオレが何でこんなやつと関わることになったのか、それはあの時のオレには全く分からなかった。
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