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高梨初歌は呪われている
もしかしたら、この世は地獄なのかもしれない。
高梨初歌は夕方の通りを家へ向かって歩きながら、ふとそう思った。
初歌は、漫画家になりたくて五年前に上京してきた。
東京には有名な出版社がたくさんあるし、アシスタントを募集している漫画家のアトリエも多い。
上京してからアルバイトをしつつ、漫画家のアシスタントもしながら自分の作品を描いていた。
それらを同時にこなすのはかなりの激務で、それでも初歌は四年間、夢に燃えながら踏ん張った。
しかしその間に作家としての芽は出ず、さらに不摂生が祟ったのか、一年ほど前に体を壊した。
アシスタントもアルバイトも辞め、無収入になったので、アパートの更新期限が切れたのをきっかけに、安い物件に引っ越した。
それが、運の尽きだった。
引越してすぐに、悪いことが立て続けに起きた。
新しく始めたバイト先が、バイトが始まるなり閉店した。
次に見つけた仕事では意地悪な同僚がおり、職場いじめに巻き込まれて仕事を辞めた。
その次の職場では、初歌が仕事に入った日にはレジ計算が合わないということが続き、窃盗を疑われて退職した。
そんな中でも、体調不良を押しながら、何とか漫画は描いていた。
出版社へ持ち込んだり応募したりするような作品を描く余裕はなかったが、イラストや創作のSNSへ投稿して、細々と活動を続けていた。
しかしそこでも不幸は初歌を襲った。
投稿した作品の閲覧数が伸びないのは仕方ないとしても、彼女の作品をしつこくバッシングするユーザーが現れた。
友達や彼女に同情的なフォロワー達は、初歌を慰めて励ましてくれたが、この出来事は疲れ切っていた初歌を打ちのめした。
田舎の両親には、帰ってきて結婚しなさいと、上京する前から言われ続けている。
そして極めつけは、彼女の家である。
比較的新しい、1Kの木造アパート。
不審な物音がする。視線を感じる。深夜や早朝に、赤ん坊の泣き声のようなものが聞こえる。ちなみに、入居者に子連れはいないはずである。
引越し直す金がない上に疲弊し切っている初歌は、最初のうちはその程度のことは無視していた。
物件を借りる際に不動産屋から、人死になどは出ていないが頻繁に入居者が変わる部屋で、そのために大家が家賃を下げたのだと聞いていたからである。
初歌は初詣くらいには行くが、心霊現象の類はあまり信じていない。
というか、幽霊などいてもいなくてもどっちでもいいし、あまり考えたこともなかった。
しかし最後のバイトを辞めた先月くらいから、家にいる時間が長くなったせいか、そういうことが気になり始めた。
日が落ちると時々、戸を閉めた向こうから、何かを引きずるような音や泣き声、呻き声がする。たまに、玄関ドアを開け閉めする音まで聞こえる。
確かめに行っても、もちろん誰もいなければ、ドアは錠まで下りたままである。
気味が悪いが、どうしようもない。
ご近所の音だと自分に言い聞かせて、声や音が聞こえると、イヤホンを挿してスマホで動画を見ることにしていた。
しかしとうとう先週、いつものように動画を再生していたら、スマホの電源が突然落ちた。
ブラックアウトした画面には、自分の顔がうっすらと反射していたが、その背後に、黒い影が立っているのが見えた。
初歌は凍り付き、全身の毛が逆立つのを感じた。
驚きのあまり、手からスマホが滑り落ちた。
スマホが床を打つ音で、金縛りが解けた。
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