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初歌の除祓は成功したらしい。
いや、成功といっていいのかはよくわからない。
なぜなら初歌に憑いていたものは、憂に移ってしまったらしい。
その憂だが、これも暁士が説明してくれたところによると、憂自身が一種の憑き物であるらしく、憂が憑いている肉体の本来の持ち主が十馬らしい。
昨日、和尚と暁士が初歌の除祓を行っている間、憂は母屋のダイニングルームで待機を命じられていたが、不安が高まったのか本堂に様子を見に来てしまった。
十馬はひどい霊媒体質で、磁石のように呪いや霊を引き寄せるらしいのだが、この時も例にもれず、和尚と暁士が初歌から剥がしかけていた呪いを吸引してしまった。
強力な呪いを受けたショックで憂は眠りに落ちてしまい、昨夜から肉体の本来の持ち主である十馬の人格が表に現れているということだった。
憂の正体について説明を省いていて申し訳なかったと暁士がまたも謝罪したが、謝られることでもないと初歌は返した。
ますます状況が奇妙になっただけだ。
説明を終えると、退魔師の親子は早々に初歌のアパートへ向けて出て行った。
暁士は昼過ぎから仕事のシフトが入っているらしく、和尚も午後には診察の予約が入っているそうなので、当然といえば当然である。
恐縮した初歌は、和尚が貸してくれた母屋の客間で途方にくれるしかなかった。
しかし、久し振りに頭はすっきりしているし、ここ数か月ずっと感じていた閉塞感というか、絶望感のようなものは感じていない。
それどころか、これからどんなバイトを探そうかとか、今度はどこに引っ越すべきかというような考えが、頭の中に浮かんできた。
退魔師の二人に呪われたアパートを任せきりにしておいて無責任極まりないとも思うが、久々にちゃんと漫画を描きたい、そんな感情もうっすらと沸いてきた。
ところで初歌は、一人きりで藍叡和尚の家に残されたわけではない。
十馬が隣の部屋にいる。
十馬は畳の上に寝転がって、スマホをいじっていたり、時々歌ったりしている。
なぜ初歌がそれを知っているかというと、十馬は部屋の扉を閉めないので、初歌が風呂やキッチンに行くたびに十馬の様子が見えるからである。
一度トイレから戻ってくる時に、スマホから顔を上げた十馬と目が合った。
十馬はにこりと笑った。
初歌は一応微笑み返すと、そそくさと客間に隠れた。
憂を見ていた時はあまりに子供っぽかったので気付かなかったが、十馬はそれなりに魅力的な容姿をしている。
出会ってまだ二日ほどの男子と一つ屋根の下で二人きり。
これが漫画だったら、何か楽しいハプニングが起きるシチュエーションだ。
ドキドキするよりも先に、これは漫画のネタにしたら楽しく描けそうだなと思ってしまうのは初歌の性分だが、そんなことを思えるようになったのは、回復している証だろう。
スーツケースの中にスケッチブックを入れてこなかったことを後悔したりスマホで時間を潰しているうちに、すぐに昼になった。
昼食を買いに出ようかと考え、十馬はどうするのだろうと思い至る。
声を掛けるべきだろうかと迷っていたら、十馬のほうが初歌の部屋を訪ねてきた。
「初歌さん、一緒にご飯行きませんか?」
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