十馬

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 十馬は浴衣から洋服に着替えており、玄関にあったビーチサンダルを履いた。  初歌は和尚から家の鍵を預かっていたので、二人は戸に鍵をかけて出掛けた。  林沿いの小道をぶらぶら歩きながら、十馬が喋った。 「初歌さんの話、暁士さんに聞きました。  呪われた家に住んじゃったって。ついてませんでしたね」  憂の姿をした十馬の敬語に慣れないが、ひとまず初歌は答えた。 「確かに……最近何やっても、上手くいかなかったんです。  仕事も、好きなことも、何やっても悪いことが起きて、なんていうか、極めつけがあの家でした。  ……ついてなさすぎて、こんなことってあるんだなって、自分でも信じられないくらい」  言葉の最後は、半ば独り言のようだった。  十馬は、うんと頷いた。 「わかります。そういうこと、ありますよね。  そういうのが続くと、もう自分は神様に見放されてて、世界中の人はみんな自分のことを嫌いなんだろうなって思えてくるんです」  初歌は閉口した。  ちょっとそれは、初歌の悩みとは違いそうである。  最近意地悪な人に当たるとは思ったが、世界中の人みんなに嫌われていると思ったことは、幸いにも初歌にはない。 「……十馬さんは、何か嫌なことあったんですか」  憑き物に憑かれており、普段は人格として消えてしまっているというのだから、厄介そうな人生ではある。  尋ねた初歌の方は見ずに、十馬は歩きながら答えた。 「別に嫌なことでもないかもしれません。わたしがそれを悲しいと思ってるだけで」 「何があったか、聞いてもいいですか」  初歌は先日、全部暁士に話したら、気が楽になった。  十馬も誰かに話せば、少しは気分が変わらないだろうか。  十馬は答えた。 「みんな、わたしを使って、捨てるんです。紙くずとかゴミみたいに」  唐突で曖昧な答えだ。  返す言葉に迷い、しかし適当にはぐらかすことはしたくないと思った。 「……暁士さんとか、和尚さんもですか」  どうしてそう聞いたのかは、自分でもわからなかった。  ただ、ノーという答えが欲しかったし、そのはずだと初歌は思った。  十馬は眼差しを和らげて、言った。 「いえ、あの人たちは、違いますね。  そうですね、だから最近はちょっとましかもしれません。  そっか。気付かせてくれて、ありがとうございます」  十馬も、どうやら変な人である。  しかし初歌は、少し気分が軽くなったように感じた。 *
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