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訪問者の正体
寺の母屋に戻ったあと、夕方、暇すぎて少し昼寝をしてしまった。
目が覚めたのは、インターフォンの音を聞いたからだった。
まだ日が高いし、藍叡和尚はインターフォンなど押さないだろうから、宅急便か何かだろうか。
ご厄介になっている身の上、せめて荷物の受け取りくらいはしたい。
寝ぼけた頭で思いつつ、のろのろとベッドから下りた。
ピンポーン、三度目くらいだろうか、呼び鈴が鳴る。
初歌は駆け寄ると、玄関扉を開けた。
「すみません、お待たせしました……」
扉を開けると、そこに立っていたのは配達員ではなく、制服姿の女子高生だった。
黒いバックパックを背負っており、まじまじと初歌の顔を見つめ返している。
「あ、何のごよ」
初歌は言いかけたが、女子高生に遮られた。
「おねえさん、どちら様?」
ふてぶてしいというか、やや不躾な口調だった。
初歌が咄嗟に言葉を返せずにいると、女子高生はまたも喋った。
「住職のご親戚かお客様?」
「あ、うん」
やっと答え、ではあなたは誰かと尋ねようとしたが、また遮られてしまった。
「十馬いる? 呼んできてもらえる?」
なんと、十馬の知人らしい。
学校のクラスメイトか何かだろうか。
十馬は学校に行っている様子はないが、在籍だけはしているのかもしれない。
「ちょっと待って、呼んでくるから。えっと、あなたの名前は?」
「アマミ」
「わかった、アマミさんね。ちょっと待っててね」
初歌が踵を返そうとした時、正門の方から車のエンジン音がした。
どうやら、藍叡和尚が帰宅したらしい。
突然、アマミが初歌の横をすり抜けて、玄関に入ってきた。
「待っとられんわ。直接会いに行こ」
「えっ、ちょっと」
初歌の声を無視し、アマミは目にも止まらぬ速さで玄関に駆け込むと、廊下の奥へ走っていった。
土足のままではないかと思うほど素早かったが、見ると三和土にスニーカーが脱ぎ捨てられている。
すると、車から飛び出してきた藍叡和尚が叫んだ。
「初歌さん、あの子を追ってくれ!」
初歌が靴を脱ぐのに手間取っている間に、走ってきた和尚が初歌を追い抜いて廊下へ駆けていった。
和尚が何歳か知らないが、二十代の初歌よりもよほど速い。
廊下の奥を曲がって見えなくなった和尚が、叫ぶ声がした。
「待たんか! それ以上行くと警察呼ぶぞ!」
間を置かず、扉を蹴破るような音と、若い男がわっと叫ぶ声が聞こえた。
声は十馬だろう。
和尚が叫んだ。
「入縛羅鉢羅韈多野、吽!」
呪文の終わりより早く、廊下を曲がった初歌の視界に、奇妙な光景が飛び込んできた。
部屋の畳の上で、身を守るように体を縮めた十馬が転がっている。
十馬の前で和尚を振り返ったアマミ、そのバックパックが半分開き、中から五匹ほどの蛇が飛び出している。
部屋の手前で、和尚は両手で印を結んでいる。
その瞬間、アマミがぎゃっと声をあげた。
呪文の終わりと同時に、和尚に向かって飛び出していた蛇が、蒸発したように姿を消した。
初歌は当然、目を見開くしかない。
アマミが歯を剥き出し、和尚を振り返った。
「何しやがる!」
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