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「そりゃこっちのセリフだ! 不法侵入の上暴行未遂だぞ!
今すぐ出てけば警察は呼ばん、さっさとうちから出てけ!」
和尚は乱暴な口調ながら身振りは丁寧に、間口を空けてアマミに退室を促した。
アマミは悔しげに唸ったものの、ちっと吐き捨てると、目にも止まらぬ速さで初歌の脇をすり抜け、玄関へ向かって駆けていった。
アマミが去ると、和尚は畳の上の十馬を見下ろした。
しかしそこで、青年がもはや十馬ではないことに、初歌も気付いた。
驚愕しきって目をきょろつかせているのは、表情から察するに、恐らく憂だ。
同じように察したらしい和尚が言った。
「憂、大丈夫かね。怪我などないかね」
憂は激しく首を振った。
初歌は、思わず尋ねた。
「あの、今の、何だったんですか」
和尚の顔が、初歌に向いた。
「ああ、あれはね、憂と十馬を狙っとる魔性の子だよ」
ましょうのこ。
聞きなれない単語に初歌が一瞬ぽかんとすると、それに気付いたらしい和尚が、眉を下げつつ付け足した。
「言ってみりゃまあ、半分妖怪みたいなもんだ。
うちには結界を張ってるから入ってこれまいと安心してたんだが、こちらから扉を開けてやると、そこから入れるようになってしまうんだよ。
すまない、初歌さんにも言っておけばよかったね。
まさか、久々にここまで来ると思ってなかったからなあ」
それを聞いて、初歌は思い出した。
「もしかして……
私が憂くんと、暁士さんのマンションにいた時にインターフォンが鳴ったんですけど、あれも、あの子だったんでしょうか」
和尚は眉を上げた。
「おお、多分そうだね。
あの妖は、暁士の家の割と近所に住んどるようだから」
やはりそうかと思い至ると同時に、初歌は頭を下げた。
「ごめんなさい。
私、暁士さんから、インターフォン鳴っても無視するように言われてたのに……
でもまさか、半妖怪が女子高生みたいな格好してて、ちゃんとインターフォンを押してくるとは、思いませんでした」
それを聞くと、はっはっはと和尚は笑った。
「そりゃあ、昔話に出てくる妖怪は着物を着てるけどねえ。時代が変われば妖怪にも、人間と同じように制服やスーツを着るやつが出てくるだろうなあ」
ちょっと車を停め直してくるよ、和尚はそう言うと、玄関へ向かって歩いて行った。
畳の上でまだ目を丸くしている憂を見て、初歌は言った。
「大丈夫?」
「うん。おれは大丈夫。初歌は、大丈夫?」
なぜそれを初歌に聞くのだろう。
しかし憂の茶色い瞳は真摯そのもので、それを見た初歌はなぜかほっとして、次に寂しさを覚えた。
十馬は、また眠ってしまったのだろうか。
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