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初歌の向かう先
夕食の弁当を食べながら、藍叡和尚は今朝検分したアパートの状態について簡単に説明してくれた。
ただし、呪いそのものの詳細やその背景にある物語については、できるだけ触れなかった。
あまり詳しい話を聞くとそれだけで呪いと縁ができてしまうことがあるから、と和尚は言った。
初歌は残穢の内容に興味がなかったわけではないが、恐怖の方が勝ったので、そのまま尋ねることもしなかった。
漫画や小説なら呪いの謎解きが物語の山場になるが、ここではそういうわけにもいかないらしい。
とにかく部屋には厄介な呪いがかかっているので、和尚は除祓を試すつもりだが、神奈川から東京へ通いになることもあり時間がかかる。
さらに退魔師親子が手を尽くしても解決しない可能性もあるので、初歌は引っ越し先を考えねばならない。
「どこか、当てはあるのかな」
和尚に尋ねられ、初歌は箸を止めて口籠った。
実家くらいしかないが、実家には帰りたくない。
今回起きたことを両親にどう説明しようかとずっと考えていたが、その答えも出ていない。
すると、和尚は続けて言った。
「ご実家にはあまり近寄りたくないらしいと、暁士から聞いてるが」
初歌は迷ったが、言った。
「今回のことを、親になんて言ったらいいか、まだわからないんです。
信じてもらえないような気も、してますし」
いつの間にか食べ終えていた和尚は、箸を置いた。
「何も、全部説明しなくても、いいと思うよ。
ただ、ちょっと帰りたくなったから帰ってきたというのでもいいんじゃないか。
それで、様子や気分を見て、初歌さんが話したいと思ったら話せばいい」
初歌は考えた。
自分でも気付かないうちに、眉が寄っていた。
また和尚が言った。
「じゃなきゃ、二月くらいなら、うちにいてくれても構わんよ」
思わず初歌は、え、と呟いて顔を上げた。
「それは、さすがに、申し訳ないです」
「うちにいる間、家と本堂の掃除をしてくれると、助かるんだが」
それでも、申し訳ないと思う。
ここへ来て、意思が固まった。
暁士のマンションに泊まった日に、こんなことになるまで意地を張っていた自分を反省したことを思いだした。
自分はまだ、両親と対面できる。
できることはできるうちに、しておいてもいいかもしれない。
対話に失敗しても、別に両親も初歌も死んだりしない。
それに、普段と違うことをするのは気分転換に良いと、暁士も言っていた。
黙り込んでしまった初歌を、和尚は気長に待っていてくれた。
初歌はやっと和尚の顔を見上げ、言った。
「……あの、やっぱり私、一度実家に帰ろうと思います」
和尚は眼差しを和らげて、そうかね、と言った。
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