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エピローグ
初歌の背中が人混みに紛れるのを見送った暁士は、隣の宋十郎を振り返った。
「この後ちょっと空いてます? コーヒーくらいどうすか」
「……構わない」
宋十郎が頷いたので、彼らは並んで歩き始めた。
歩きながら、宋十郎が呟いた。
「初歌どのは清々しい人だ。呪われていたとは思えない」
「そりゃあ、呪いは落ちましたからね。
最初に会った時はかなり参ってる感じだったんで、数日であそこまで良くなるとは思ってませんでしたよ。芯が強い人なんでしょうね」
「彼女とは路上で会ったのだと藍叡和尚から聞いたが、一体どんな成り行きで?」
よくぞ聞いてくれたと、暁士は頷いた。
「そうなんすよ。憂の散歩中だったんですけどね、憂が初歌さん見かけて、この人呪われてるとかいきなりでかい声で言うから焦りましたよ。まあ、声掛けるきっかけになってよかったですけど」
「それでその後、君の家に招いたと聞いたが」
「まあ、そうです。他に方法思いつかなかったんで。呪いの元凶の家に帰らせるわけいかねぇですしね」
何か気まずいことを告白したように、暁士は口調を渋らせた。
宋十郎は宋十郎で、珍しいものを見るように暁士を見た。
「未婚の女人を寝屋へ招くとは、思い切ったことをしたのではないか」
宋十郎の言葉遣いはいつも通り変だが、突っ込みどころは間違えていない。
そう、今回初歌をマンションに呼んだのは、暁士にとって恐怖体験一歩手前の緊張体験だった。
暁士は女の人は大好きだが、大好きすぎるゆえに女性の前では全力で紳士ぶってしまうのである。
それに見ず知らずの女性を家に連れ込んで何か誤解があったりしたら、犯罪者の烙印を押されかねない。
万が一そんなことになれば彼自身には前科がついてしまうし、何より親父の社会的信用に傷をつけてしまう。
「いや、ほんとそうなんですよ……まあ憂がいてくれたんでまだ安心かなと思って。最近まめに掃除してましたしね。
でも同じ部屋で寝る気になれなかったんで、俺は職場の近くのカプセルホテルに泊まってました。
すんません、憂に初歌さん見ててもらった感じになりましたけど」
「君が初歌どのを安全と断じたなら、間違いはなかったのだろう。現に、初歌どのは憂だけでなく十馬にも好かれたようだ」
宋十郎は言葉遣いを始め色々不審だが、根は良い奴である。
友人に慰められた気になった暁士は、ついでにもう少し愚痴らせてもらうことにした。
「正直今回ちょっと無理しました。いい人ぶってカッコつけるの、やっぱよくないですね」
「よくないとは思わないが……しかし今回、君は依頼料を受け取らなかったのだろう」
「そうでした……親父に聞いたんですか」
また苦いことを思い出し、暁士は思わず声を低くした。
「そうだ。君が依頼料の話をしていなかったので今更持ち出せなかったと、和尚が」
うーんと暁士は唸った。
「だって初歌さん、金なくてまともにメシも食ってないって言うんですよ。有料だなんて言ったらじゃあいいですってなっちまうでしょう。いいんですよ、金はあんたみたいなお客様から頂くんで」
暁士は憎まれ口を叩いたが、宋十郎の顔は微笑を浮かべた。
「憂をまた預かってもらうことがあるかもしれない。君の家を気に入ったそうだ」
「あんな狭い家がよかったんすか。子供……つか物怪ってよくわかんないすね」
彼らは裏通りに面したカフェ兼ダイナーに着いた。
何だか歩きながら愚痴っていたら、何を話したかったのかよくわからなくなっていた。ただ男二人で飯を食うだけでもいいかもしれない。
「ついでに飯食ってきます?
ここのハンバーガー、ちょい高いですけど美味いんですよ」
「働き者の暁士どのには私が奢ろう」
「いやいや、そんな。なんでですか」
「次への貸しを作っておく」
はははと暁士は笑った。
「えー、そういうことなら、お言葉に甘えます」
そう言って暁士は、カフェの扉を押し開けた。
*終*
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