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「でも話聞いてると、ホテル代もないんですもんね」
暁士に言われ、初歌は頷いた。
う~んと再び唸ってから、暁士は黒い眉を寄せつつ、伺うように言った。
「ん~……一応ですけど、うち来てもらってもいいんですけどね。割に近いんで。
ただ、俺が初歌さんなら絶対しないですよね。
俺が初歌さんの友達とかでも、そのシチュエーションは漫画の中ならアリでも、リアルではやめとけって言いますよね」
疲れ切った頭で、初歌はぼんやりと思う。
確かに、漫画や小説では時々ある。
道端で出会ったばかりの人の家に行って挙句住みついたり、出会ったばかりの人を家に上げて挙句住まわせたりする。
フィクションなら刺激的で面白いが、現実では危険すぎてまともな人は絶対しない。
しかし初歌は、疲れ切っていた。
それに、暁士は初歌の話を信じてくれたし、憂は彼女の名前を言い当てた。
もちろんそういう詐欺師がいる可能性だってあるが、とにかく初歌はもう、あの家に帰りたくなかった。
「あの……暁士さんちって、彼女とか奥さんとかいるんですか」
暁士がいいと言っても、同居人が嫌だと言うのではないか、そういう意図の質問だった。
しかし暁士は、首を振る。
「いや、いないんすよ。
いたらもうちょっとお招きしやすいんですけどね。
今は俺と憂の二人暮らし状態で、ロフトあるけどワンルームなんで、三人になると多分めちゃくちゃ狭いんですよ。
風呂トイレユニットバスですし。
正直女の人に来てもらえる場所かって言われるとちょっと」
考えてみると、初歌は上京してから夢一筋で、彼氏を作ろうと思ったこともほとんどなかったし、男の家になど、入ったことはなかった。
暁士が心配そうに言う。
「本当に他に行けるとこないんですか?」
初歌は、頷いた。
またもう~んと暁士は唸ったあと、じゃあ、と言葉を続けた。
「一晩だけうちに泊まって、明日うちの寺に行くっての、どうですか?
あ、俺の実家、神奈川の寺なんですよ」
初歌は、顔を上げた。
暁士は心配そうに付け足す。
「うちの寺グーグルマップにも載ってるんで、あとで名前教えますね。
あっちのが広いし、本当は今日もそっちに直接ご案内したいんですけど、俺この後仕事なんで」
「仕事って、退魔師のですか?」
「いや、俺、いつもはジムでインストラクターやってるんですよ。
退魔師じゃ食ってけないんで」
はははと気まずそうに首を掻きつつ、暁士は笑った。
なるほど、スポーツジムなら大体深夜まで営業している。
「じゃあ、ほんとに行きます?」
まだ少し心配そうな暁士に訊ねられ、初歌は頷いた。
向かいの席では、憂がいつの間にかパンケーキを完食していた。
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