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初歌は座卓の前で、憂と向かい合って座った。
憂は物珍しそうに、初歌の方を見ている。
憂は高校生くらいに見えるが、動作や眼差しが子供っぽいと、さっきから初歌は思っている。
暁士は、憂を誰かから預かっていると言っていた。
もしかして、憂は中学生だったりするのか。
いや、何歳にしても、人から預かった子を初歌のような初対面の人間と二人きりにしていいのか。
暁士は初歌の安全ばかり心配したが、初歌がまともな人間だという証拠だってどこにもない。
普通に考えたら、線路の前でぼーっと突っ立っていた無職の女なんて、安心の対象ではないだろう。
「あの、憂くんは……何歳なの?」
沈黙が気まずいのもあり、思いついたことを、初歌は尋ねた。
憂は答える。
「えー……人間になったのは、前の前の秋だよ。その前は、冬を一回越したよ」
初歌は言葉を失った。
なるほど、きっとこの少年は普通に学校などには行けないだろうと、初歌は納得した。
やっぱりこの家に来たのは間違いだったのだろうか。
突然弱気になったか正気に返ったところで、電子レンジがチンと音を立てた。
憂が立ち上がると、電子レンジからタッパーを取り出した。
「初歌も焼うどん食べる?」
やはり焼うどんだったらしい。
色々な意味で食べても大丈夫だろうかと不安になる。
しかし無職無収入の身には、タダ飯は大変ありがたい。
実際初歌は、まともな肉や野菜はもう一週間くらい口にしていない。
今日の昼は、茹でたパスタにふりかけをかけて食べた。
焼うどんに混ざった豚肉や人参やキャベツが、とても色鮮やかで健康的に見える。
「食べる……」
気付いたら呟いていた。
このまま自分が行方不明になったりしたら、両親は泣くだろうか。
こんな意味のわからない状況に陥るまで意地を張るなんて自分はどうかしていたと、ここへ来て、初歌は初めて気付いたような気がした。
両親は彼女の夢を応援してくれなかったが、少なくとも初歌のことを心配してくれていた。
そう思ったら、また涙が出てきた。
焼うどんを皿に取り分けていた憂が、初歌の顔を見た。
「大丈夫?」
「うん……」
初歌はとりあえず言った。
憂は、頭はやばそうだが、危ない感じは全くしない。
体格的にもひょろひょろだし、雰囲気は本当にただの子供だ。
里帰りした時に見た従姉の幼稚園児の息子が、こんな感じだった。
皿を置きながら、憂が言った。
「泣くのを我慢しちゃう人は、時々ちゃんと泣いたほうがいいんだって」
泣くのを我慢した覚えは、あまりない。
しかし、泣くことを忘れていたか、泣く場所を間違えていたのかもしれないと、そんな風に初歌は思った。
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