策謀、始まる

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策謀、始まる

 ベルルーチェ邸、昼――  突然の来客と告げられた用件に、真珠とアベルは驚きを隠せずにいた。 「決闘の不正についての謝罪と、継承権第1位変更の挨拶ですって――!? 」 「詳しくお聞かせ願えますか、ノア様」  ノア、と言えば。攻略本の設定資料集で名前と設定だけ目にしたことがある程度の、真珠にとって未知数の存在であった。  金髪碧眼の兄カインとは似ても似つかぬ切り揃えられた真白い髪に白磁の肌。底知れぬ黒い瞳はこちらを捉えて離さない。  不気味とも取れるその容貌から発せられたのは、予想に反して柔らかな声だった。 「申し上げた通りです。先日は、兄が大変なご無礼を」 「そのような事は……!顔をお上げください、ノア様」  躊躇なく下げられた頭に、驚きを深くしたアベルの声がすかさず掛かる。 「アベル殿、なんとお優しい……美しい奥方とも、仲睦まじそうで羨ましい限りです」 「そ、そんな……! 」  そして謝罪からの、手放しだろう賛辞。これには真珠も内心にんまりと喜んだ。 (何だ、ゲームにない展開で警戒したけど、いい子そうじゃない! )  その後続いた身の上話、そして「僕などが継承権第1位など不安だろうがどうか国のため尽力させてほしい」、という謙虚な説明と助力を請ういたいけな様子にすっかり気を許したアベルと真珠。  ミュゲの思いも虚しく、彼らは密やかなノアの舌なめずりに気づくことが出来なかったのであった。  時は過ぎて、ノアの馬車。  信頼の置ける従者しか同席を許されぬ空間で、主たるノアが嗤う。 「ふう、お昼まで頂いちゃった。にしても綺麗になってたねえ、豚公女。見違えたよ!ああ、欲しいな、あれ」 「……ノア様、まさかカイン様と同じ轍を踏まれますまいな。女王陛下が黙っておりませぬぞ」    彼の言葉に、すかさず従者が反応した。が、ノアの笑みは崩れない。 「はは、兄上のようにはやらないさ。差し出してもらうんだよ。「自分から」「喜んで」、ね」  そのためにはアベル殿を崩すのとペルル殿を追い詰めるの、どっちがいいかなあ?そんな言葉を至極楽しそうに吐く馬車の主。  空間を同じくするもの以外、御者さえも感づけぬ真黒い本性は、確かに毒牙をアベル夫妻へと向けだしていた――。  場所をベルルーチェ邸に戻して、夜。迫る毒牙に気付かぬ真珠は、夜着に着替えがてらメイとノアについて談笑していた。 「実の兄との継承者争いなんて、ノア様はさぞ心苦しかったでしょうね」 「男子が複数人生まれたんです、権力争いが起こるのは仕方のないことですよ」 「にしても僧院にぶち込まれて不自由してたなんてあんまりだわ、王子なのに」 「処刑しなかったのがせめてものカイン様派の慈悲だったのでしょう」 「ええー……」  真珠は、当初ノアを警戒していた。していた筈だった。しかし、しおらしく愛らしいふるまいに、絡め取られかけているのが現状だ。  そんな現状下で警戒を解いていないのは、意外なことにメイであった。  その証拠に、ノアを評価する真珠の言葉への相槌は、常と違い芳しくない。 「……何だか元気がないわね、メイ。疲れてるんじゃない? 」 「そのようなことは!ただ……」 「ただ? 」 「……いいえ、何でも! 」 「そう?ならいいけど。今日はゆっくり休むのよ、メイ」 「……」  メイは、メイだけは見ていた、一瞬の舌なめずり。その意味するところを。ベルルーチェ邸の者は、誰一人知らない。  夜は明けて、朝。  ベルルーチェ邸のいつもの食卓では、一通の手紙が開かれていた。 「晩餐会の招待状、ですか? 」 「ええ。ノア様からですよ、ペルル……様」 「素敵ですね!ぜひ行きましょう!アベル……様! 」  王族主催の晩餐会の、招待状。差出人はノア。彼らしいだろう几帳面な字が並ぶそれに、きゃあと声を上げたのは真珠だ。 (ノア様と、それに王族貴族とよろしくできればアベル様の死亡フラグが遠のくじゃない! )  ついでに王城でのざまぁイベの芽も摘んでおけるかも!と息巻く彼女。それに乗っかる形で、アベルも嬉しそうに頷いた。 「方方に改めて御挨拶も出来ますし、いい機会かと」  「となれば善は急げですね!決めるのはドレスでしょ、メイク、靴に……ええと。マナーもおさらいしないと! 」 「ふふ、忙しくなりますね」  イベントに活気づく、ベルルーチェ邸の食卓。晩餐会は、あと2日に迫っていた。  マナーをおさらいして、社交のあれこれを叩き込んで。楽しくも忙しく真珠とアベルが過ごした、2日間。  この間に、王宮ではとんでもないことが起こっていた。  元第一王子たるカインが、王宮から忽然と姿を消したのだ。  騒ぐ元第一王子の側近を尻目に、ノアは部屋へと歩みを進める。  その先にいる、ひっそり飼い始めた「犬」に会うのを楽しみに。 「やあカイン、元気にしてたかい」  かすかにランプが灯るだけの、真っ暗な部屋。そこに入るなり、ノアは嬉しそうに「犬」を撫ぜた。  金の毛並みに碧眼の美しい、「犬」。それは裸で繋がれた人間にも似て。 「馬鹿な犬ほど可愛いって言うけど。おまえは馬鹿が過ぎるよね、はは! 」  ただただ怯えきった目で、ノアを見ていた。  そして迎えた、晩餐会当日。  来賓を迎えるための豪奢な大広間で行われたそれには、王都貴族の多くが参加していた。  長々と繋がれた机に並ぶ如何にも高級そうな食器たちに、真珠は内心ぶるりと震える。 (うっわ高そうなお皿……!!これ欠けさせたら修理に一体いくらかかるのかしら)  そんな彼女の震えを緊張と取ったアベルが、優しく真珠の手を包み込んだ。 「心配せずとも大丈夫です。練習通り、落ち着いて」 「アベル様……!! 」 (アベル様、やっぱり尊い! )  仲睦まじく、寄り添う二人。そんな二人に、第一の影が迫る――。 「アベル、久しいな」 「出迎えもしないなんて。相も変わらず役立たずですこと」 「父上、母、上……? 」 「え? 」  
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