公爵、豹変す

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公爵、豹変す

 荘厳な装飾品の並ぶ、グルナ・ベルルーチェの居室。そこに座す公爵の圧に気圧されながらも、先んじて入室したアベルが意を決して口を開いた。 「義父上、私はペルルと離縁するつもりは御座いません。本日はその表明に参りました」 「ほう?それは君も同意見かね、ペルル 」 「ええ、勿論。でないとここにおりませんわ」  3人の会話が、部屋に落ちる。その後続いた沈黙の後、口を開いたのは公爵だった。 「下らん、却下だ」 「!! 」  にべもなく、情もなく。切り捨てるその言葉。それにアベルがぐっと唇を噛んだ、その瞬間。 ――パァン!!  室内に、大きな乾いた音が響き渡った。  驚愕するアベル、止まった時と、吹き飛ぶ影。  部屋を覆った、大きな音。それは。  真珠が、公爵を思いっきりぶっ叩いた音だった。  吹き飛ぶ公爵。彼が高級そうな棚にぶつかって、派手な音を立てて本に埋もれる。  そんな光景を、アベルはただ放心して見ていた。が。 「殴らないと約束しましたよね!? 」 「はい!夢とは違って平手です、アベル」 (そ、そうじゃない! )  あまりに派手すぎたそれに、アベルはつい大声で突っ込んだ。  そうしているうちに、埋もれる影――公爵が動いて。ギン、とふたりを見据える。そして。一言。 「夢と、違って……だと?」 「ええ。アベルの夢の中で、父上を思い切りぶん殴りましたの」 「ペルル……!! 」  答える真珠に、気が気でないと固まるアベル。しかし。  その後の公爵の言葉に今度は真珠までも驚愕し、ふたり仲良く固まった。 「この平手のキレ、夢渡り……うわあああああん、長かった、長かったよお……!!」 「え? 」 「は? 」  グルナの妻、ベルルーチェ公爵家息女。今は亡き銀糸の令嬢エメロード・ベルルーチェ。  彼女は、女傑であった。  人の夢を渡り、世界を旅して。悪夢やそこいる賊をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。それは、ベルルーチェの子たる証。それこそ、グルナの惚れ込んだベルルーチェ。 「って事で。夢渡りと剛腕は、ベルルーチェで成人の証なんだよ。いやあ僕嬉しいなあ、ペルルがこんなに立派に育ったなんて!アベル君のおかげかなあ? 」 「は、はあ……? 」  場所を同じくして、昼下がり。  先刻とは打って変わってふにゃふにゃな空気の中、アベルと真珠――そして公爵はケーキをつついていた。  公爵の弁によると、こうだ。  自分は入婿で本来当主ではないのだが、エメロードたっての希望で鉄面皮の公爵として矢面に立っていた。  成人までは娘にも厳しく接するのが当主の努めであり責務だったのだが、アベルとペルルにきつく当たるのは本当に辛かった。  レザール夫妻については本当に申し訳ない。無事逃がす予定だから安心してほしい。  ペルルが無事成人したから、もう君達に辛く当たる必要がない!やったー!  そんな説明を、こちらが本性らしいすっかりふにゃんと丸くなった公爵から受ける、ふたり。  放心してケーキをつつくほか無い中、それを恐怖と取ったのか慌てたように公爵が再び口を開いた。 「ペルルが無事成人できたし、僕としてはアベル君との夫婦関係に異を唱えるつもりももう無いよ。ごめんね、怖かったよね。アベル君」 「はあ、いえ……その」  ええと、なんだこれ。そう言いたいが、言えるわけもなく。変な形であっさりと解決した離縁問題にアベルは正直肩透かしを喰らっていた。  一世一代の覚悟を決めて臨んだ相手が、急にこれである。無理もない。が。  真珠にとっては、この豹変は実に好都合であった。 (この感じならアベル様を付け狙う賊退治、協力してくれるのでは!? )  そう思った真珠は、早い。  このふにゃんふにゃんお父様モードのうちに!と意を決して、早速交渉と洒落込んだ。 「お父様!ペルル、早速退治したい賊がおりますの。協力してくださいませんか? 」 「え? 」 「賊!?ペルル、まさかそれは貴女を狙う――」 「アベルを狙う不届き者です! 」 「え、私!? 」    まさか、ペルルを狙う賊が!?そう身構えたアベルが、まさかの自分が標的という事実にあ然とする、暇もなく。 「いいよ、やろうやろう!」 「は!? 」  ノリノリでペルルの話に乗った公爵に、アベルは驚愕とともに絶句する他無かった。 「アベル君を貶めようとするタイプの賊、かあ……それでレザール夫妻があんな情報を掴まされていたんだね!!ひどい!! 」 「でしょう!?だから徹底的にコテンパンにして二度とアベルに近付かせないようにしようと思って」 「いいね!それでこそ僕とエメロードの子! 」 「「えへへへ」」 「…………」  続けて、公爵居室。そこでは、説明を受けた公爵と説明した張本人真珠とが作戦会議を展開するに至っていた。 「じゃあ王宮関連は僕に任せて。君たちは外を叩いてくれるかな? 」 「勿論! 」 (もう、何がなんだか……)  目まぐるしく変わりすぎた状況に、アベルが考えるのをやめ始めた頃。  ベルルーチェ親子の白熱議論は、ひとつの纏まりを見せた。 「僕がふたりにダミーの外出禁止令を出しておくから、その間にこっそり動いてね。情報を掴まされた場所は……レザールさんから聞けばいいか!あ、これ小切手」 「ありがとうお父様!!万一のために変装も要るかしら」 「だね!折角だ、思い切り楽しんでおいでよ。道中気を付けてね」 「はあい! 」  最初の空気感はどこへやら、すっかり意気投合した親子。  その様子に、紆余曲折ありはしたが良かったことにしておこう、とアベルは心に何とかケリを付けたのだった。  
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