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推しの嫁に転生ってマジですか?
『ミュゲ、私は君を愛しているんだ!もう一度私と……! 』
『アベル、貴方との結婚なんて御免よ。私は彼と生きていく! 』
『そういうことだ、アベル』
『カイン様……!ペルル様との婚約はどうするおつもりですか!?彼女を捨てるのですか!? 』
『ペルルがミュゲにどんな仕打ちをしたか知っていて言っているのか……!君のような女性は願い下げだ、ペルル!この場で婚約を解消する! 』
『ブヒィ! 』
「はああああああああ!? 」
夜も更けた、画面の光だけが部屋を照らす中。主人公、真守真珠の声が大きく響いた。
「またこの展開!何ルート目だと思ってんのよ!?睡眠時間返せ! 」
彼女は、激昂していた。それはもう大層に。
理由は、今彼女がプレイしているゲームの内容にある。
「宮廷のすずらん」。いま大人気の乙女ゲームにおいて彼女が執心しているキャラクター、ヒロインの幼馴染で元々の婚約者アベルの結末があまりにもあんまり過ぎるのだ。
「どのルートでも豚公女ペルルと無理矢理結婚の上にモノローグ戦死って……!おかしいでしょ、絶対! 」
大体、ミュゲもカインも略奪婚じゃん!人の婚約者盗ってんじゃねえよ!もはや見慣れたモノローグ死を前にそう悪態をつくも、無情かな画面はお天気なメイン二人の結婚式だ。勿論、そこにアベルはいない。
「はあ、寝よ……」
そんな失意の悪態にも疲れ、真珠は画面の光を頼りにもぞもぞと寝床に入った。ああ、今夜は怒りで眠れるだろうか。
それが、真珠の「真珠」としての最後の記憶だった。
「……様、ル様、ペルル様! 」
「っは!? 」
ベルルーチェ公爵家、「豚公女」ペルルの部屋。
真珠が目を覚ましたのは、その部屋の主人たるものが横たわるベッドの上だった。
「は?え? 」
「旦那様がお待ちでございます。朝食の席へお越し下さい。メイ、ご支度を」
「はい! 」
今、真珠の目の前にあるもの。豪奢な装飾のベッドに、使用人らしい品のいい初老の女性。ドレスを抱えた年若いメイドさん。そして。自分とは似ても似つかない筈の、丸々と肥えた「自分の手」。
そのすべてが、彼女が異なる世界に来たことを如実に表していて――。
「えええええええええええ!? 」
真珠は、絶叫する他なかった。
「待ってよ、私がペルルで……旦那様……アベル様……え? 」
状況を何とか把握して、真珠は整理を試みる。今、自分は豚公女ペルルに憑依している。旦那様、アベル様は生きている時空。そして。
「ペルルは、アベル様を馬鹿にしてた……!! 」
ショック、衝撃。真珠の中に流れ込んだペルルの記憶は、その言葉に尽きた。
元々家柄が劣るアベルを婿養子にする羽目になった(と考えやがった)ペルルは、結婚後それはもうグチグチネチネチと嫌味を言いまくっていたのだ。誰でもない、推しのアベル様に。
(婚約破棄の時庇ってもらってた癖に、最悪! )
そんな感想もそこそこに、真珠は考える。
(もう嫌われてるのは仕方ないとして、性格ブス嫁に罵られて戦死なんて、この時空ではさせたくない!そのために、私はどうすべき? )
正規ルートでは、この後も事あるごとにざまぁされまくった挙げ句、敵国との戦争で命を散らすのがアベル様の運命。
それだけは絶対に避けたい。その思いが、この状況下にあって真珠を常になく冷静にさせた。
(戦争を止めるとかそんな大きいことからは無謀だわ。となればまずざまぁの要素の地道な全撤去よ! )
そうと決まれば、善は急げ。
まず最初のざまぁポイントであった「舞踏会の相手が豚公女」をへし折るべく、真珠は声を上げたのだった。
「メイ、食事係に伝えてちょうだい! 」
「はい!今日もチーズとクリーム、お肉の脂身多めですね! 」
「違ーーーう!あのね。――――」
「……ええーっ!? 」
そして、迎えた朝食の席。真珠の心臓は限界を超えて脈打っていた。
「生アベル様、生アベル様、生アベル様……!! 」
次元が違ったはずの、憧れの人。それが生きて、目の前に。そんな考えただけで卒倒しそうなご褒美を前に。
(ああ、やっぱり格好良い……!!ていうか息してる動いてる……!!ああ、神様!! )
優雅にたゆたう紫色の髪に、氷のようで実は優しいアイスブルーの目。白い肌、左目の下のホクロがセクシーで、薄い唇はみずみずしい。
それにかっちりと着こなした貴族服が相まって。
(私の推し、最強!! )
そんな思いを存分に抱きつつ、ちらとアベル様を盗み見る。堂々と見ないのは、先程険悪ムード満開で「寝汚いことですね」と一刀両断されたからである。
そんな彼女の目の前にあるのは、至極健康的な野菜中心ヘルシーメニューだ。
第一の関門、デブ。これを解消するべく打った一手。それが、食事改善。
真珠本人はそこから更にエクササイズ、ジョギングと続ける気満々だったのだが、驚いたのは使用人達だ。
「あの」ペルル様が食事制限!それは、正に青天の霹靂。
その後の行動でこれは更に塗り替えられていくのだが、そこは割愛である。
それからの真珠は一心不乱だった。兎に角、痩せるために試行錯誤の四苦八苦。幸いアベル様は長く仕事で家を開けるので、びっくりビフォーアフターにはもってこいの好条件だ。
生前すらりとした体型であった真珠にとってヘルシーメニューこそ苦ではなかったが、往生したのはありえないほどの体力のなさ。
「何こいつ、根性なさすぎ……! 」
一歩走って、ダウン。腹筋0回で息切れ。完全健康体でコレは、派手にヤバい。それでも真珠は頑張った。限界に限界を超えて頑張った。その結果――。
「凄いですペルル様!しかもアベル様に恥をかかせないためだなんて、メイ感動です! 」
アベル様が帰ってくるまでの半年間で、誰が見ても美しい世にも優雅な令嬢へと進化を遂げることができたのだった。
ギトギトだった灰色の髪は、見違えるようなさらさらの銀糸に。人を見下すだけだった濁った瞳は鮮やかなオレンジに。そして以前は樽もかくやといった様だった体からは想像もつかない豊かな胸に、きゅっとくびれたウエスト。すらりと伸びた脚。太っていた頃は豚と揶揄されたピンクの頬も今では立派な武器だ。
舞踏会まで、あとニ週間。間に合った。間に合わせた。
これで、第一の関門突破ね!そう息巻いた真珠。しかし、そんな自信は、メイの一言で崩れ去る。
「後はダンスと社交、そしてマナーですわ、ペルル様! 」
「は、え? 」
大きな盲点、振る舞い全般。ダイエットに全振りして家にこもりきっていた真珠にとって、それはとてつもなく大きな壁だった。
「き、聞いてない……!! 」
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