色に奪われる世界

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◇◆◇◆  10分後、カナダ 「乾杯」  明るい日差しを浴びながら、ビールの入ったピルスナーを合わせる。 「うまい、昼間っから飲むビールは最高だな」  「昼間じゃなくたって、いつも飲んでるじゃない。少しはそのお腹の【贅肉】を減らさないと、結婚式の衣装が入らなくなるわよ。いくら【レンタル】衣装でも、急なサイズ変更はダメかもよ」 「ははは、大丈夫だよ。明日から糖質オフのビールにするから」 「もう」  結婚式の打ち合わせの帰りに、都心の高層ビルの最上階のレストランで、二人はランチを取っていた。窓際の座席のため、眼下には道路を行き交う人や車が小さく見える。 「本当に人が働いている時間帯に、日差しの中で飲むビールは最高だよな」 「でも、【傘】さしている人が見えるよ。雨降ってきてるのかな」 「こんなに晴れているのに? 日傘じゃないのか」 「そうかもしれないけれど、赤い傘ばかりなんて、なにか変だよね」  女性の発言を裏付けるように、道路には赤い傘をさしたような歪な赤い円型がいくつも描かれている。二人が道路を見ていると、走っていた自動車の上を、歪な赤い円型が覆った瞬間に自動車が破壊された。赤い円型に覆われなかった自動車の部位だけが、慣性の法則に則って進行方向に滑っていった。 「なに、あれ」 「わからない、わからないけれど、ヤバいのはわかる」  眼下の異常な状況に気づいた他の客たちも騒ぎ始めた。いかにも金持ちっぽい高価なスーツを着た男性が、ウエイターになにが起きているのか詰め寄っている。その間にも、道路には赤い円型模様が増えていき、今や道路は赤と灰色の【モザイク】タイルが貼られているように見える。  「窓際から離れよう」  そう言って、男性が女性の手を引いて席を立った刹那、ウエイターに詰め寄っていた男性の周囲2メートルくらいが消え失せたのだ。正確には真っ赤な何かが上から降ってきたのだ。ウエイターは跡形もなく、男性は右半身のみを残して、真っ赤な何かに削り取られていた。男性の体の右半身に詰まっていた臓器や血液が、一気に床にブチまけられる。  あたりは阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈した。あちらこちらで叫び声が上がり、人々がエレベーターに殺到している。 「エレベーターだといつまで待っても乗れないかもしれない。大変だけれど、非常階段で降りよう」 「うん」  二人が非常階段に向かい移動し始めたのと同時に、エレベーター前の空間に真っ赤な何かが降ってきて、いきなり空間そのものが無くなった。周囲には人間だった人たちの断片が、巻き散らされた血液とともに散乱している。 「見るな、走れ」  二人は非常階段を何度も足を踏み外しながらも下っていく。 「ハアハア、やっと20階だ、頑張れ」 「ちょっと、休憩しよ。息が……もう」 「手を引いてやるから、頑張れ」  そう言って、女性の方に手を伸ばす。女性も男性に向けて手を伸ばし、二人の手が繋がる直前に二人の伸ばされた腕が消え失せた。腕だけでなく、二人の間の空間は一瞬で真っ赤ななにもない空間となっていた。 「うがっ」 「痛いっ」  次の瞬間には、二人の存在も痛みを訴える叫び声ごと、一瞬にして赤い空間に成り代わった。  カナダ中で一斉に起こったこの怪現象は、おおよそ7分ほどで、海岸線も含めてカナダだった場所をすべて真っ赤に染め上げていった。
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