赤いところ

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「赤」は女の子の色で、「青」は男の子の色。小さいころから、ごく自然に刷り込まれてきた概念。幼稚園の制服も、女の子は赤で男の子は青。トイレのマークも、女子トイレは赤で男子トイレは青。ごく自然なことだ。でも私は赤が嫌いで、青が好きだった。  ものごころついたばかりのころ、ハサミで指を深く切って、血が止まらなくなったことがある。真っ赤な血。おろおろしているうちに、そこら中が血だらけになってしまって、机も、椅子も、服も、壁も、床も、私の腕や足も、どんどん真っ赤になっていくのが怖かった。ほどなくしてお母さんが私を見つけて病院に連れて行ってくれた。傷はすぐに治ったけれど、それ以来私は赤い色が苦手になった。そして、赤の反対の色――青いものばかりを身に着け、集めるようになった。  服も青。文房具も青。何でもかんでも青くしていた。 「小春ちゃん、男の子みたいだね。青い色が好きなの?」  先生や親戚のおとなたちが、そう言ってからかうたびに、私は嫌な気分になる。  青い色が好きで、赤い色が嫌い。それだけの理由で、「女の子らしくない」と決めつけられるのが苦痛だった。私は男の子らしいと思われるのが嫌で、男の子と一緒に遊んだり、話をしたりすることを徹底的に避けた。男の子に混じってサッカーをしたりかけっこしたりすると、「男の子みたいだね」って言われるから。 「小春ちゃん、いつも青いリボンつけてるんだね」  中学生になったとき、クラスメイトの柳谷さんがにっこりと話しかけた。  私はまた、嫌な気持ちになった。この人も私をからかおうとして、わざわざそんなことを言うのだろうか。私は本当は長い髪がうっとうしくて嫌いだったけど、髪を短くしてボーイッシュだと言われるのがもっと嫌だったので、我慢して伸ばして、青いリボンで結んでいた。校則違反ぎりぎりの長さだ。  むすっとして無視していても、柳谷さんは構わず話しかけてくる。 「いつも似合うなあって思ってたの。昨日は紺色で、その前は真っ青なターコイズブルー。でも、今日は明るい水色。結び方も、毎日違うでしょ。すごくきれいだから、気になっちゃって。でも――」 「赤いリボンのほうがよく似合うって、言いたいの?」 「わ、すごい。なんでわかるの」 「私、赤いものは絶対身につけないようにしてるの」 「なんで?」 「赤いものを見ていると、嫌な気分になるから」 「じゃあ、目に入らないところに身につければいいんじゃない? 首の後ろとか」 「そういう問題じゃないの」 「だって、小春ちゃんの体の中にも真っ赤な血が流れてるのに、それってなんだかおかしいよ」 「おかしくないよ……!」  だんだんいらいらしてきて、つい強い口調で言い返してしまう。  柳谷さんは構わずにこにこしている。 「いつも青いものを見につけていると、だんだん顔色まで悪くなっちゃうよ」 「うるさいなあ。そんなの関係ないでしょ! 放っておいて――っつ!」  大きく手を振り払ったとき、机の上に出しっぱなしにしていたノートの紙の縁で指を切ってしまった。  たちまち、指先に赤い筋が浮かんで、血がにじんでくる。  真っ赤な血。どろどろして、気持ち悪い――  すると、柳谷さんが私の手をぐいっと引っ張った。  その場にしゃがみこんで、切ってしまった指をおもむろに口に含む。 「なっ、ちょっと――」  ちゅうちゅうと、ストローで飲み物を吸うように、舌が指先をなでまわす。真っ赤な舌が、私の指を―― 「ちょっと!」  慌てて柳谷さんを突き飛ばして、私は、唾液で濡れている指をハンカチでぬぐった。 「い、いきなりなにすんのよ! 気持ち悪い……!」 「赤い血が嫌いなんでしょ? でも、私は好きだよ、赤い色。だから、小春ちゃんの赤い血は私がぬぐってあげる」 「はぁ……?」 「青いものばっかりの小春ちゃんの、赤いところが私は好きなの」 「い、意味わかんない……」  にこにこ笑い続ける柳谷さんから逃げるように、私はトイレに行って、念入りに指を洗った。切ったところがまだ痛む。けど、血はもうにじんでいない。  この指がさっき、柳谷さんの、真っ赤な口の中に入っていたのかと思うと、たまらなく気持ち悪い。こんな指、もう切り落としてしまいたい。見ていたくない。大嫌い。
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