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炎の色が変わる。
熱気が充満し。
バルブを調節し、何本もあるロープを操る。
「あっつ!」
「離れてろ」
火傷の跡のある顔を、炎にあんなに近づけている。
「ありがとな、トキ」
「なんで?」
「お前がいなかったら、
俺は、このまま一生飛ばなかった」
どこか清々しい表情をしている。
サルクイの気球が。
首をもたげる。
それを。
風がひと睨みし。
ざらりとした風が吹く。
「ヒワ、風を呼べ!」
唄うたいが立つ。
空を。
風を。
真っ直ぐに見る。
そう。
これが。
自分の使命だ。
ヒワの。
唇が。
笑うのが見えた。
「ヒワ…」
風を呼ぶ。
私が呼べば、風は必ず応える。
でも。
その私を呼ぶ人はいない。
球皮がどんどん膨らみ。
風は強まる。
息を。
吸い込んで。
「風よ…」
空気が。
ぶつかった。
ゴウゴウと風が鳴るのに。
ヒワの唄声がどこまでも響く。
気球が浮かび上がる。
「行くぞ」
サルクイが風を読む。
「東の風よ。
さあ…」
ヒワが呼ぶ。
呼ばれた東風が。
舌なめずりする。
「さあ…」
誘われ。
東風が。
扇を広げる。
「さあ!」
ひと振り。
扇ぐや。
「風が…!」
ぶつかった西風を跳ね返し。
気球を放り投げんばかりの勢いで。
吹き上げる!
「行け…!」
髪をはためかせるヒワが。
小さくなっていく。
ヒワだけが。
何も言えず。
飛ぶこともできずにいる。
飲み込んで、飲み込んで。
風を呼ぶために唄う。
「ヒワ!」
トキは、呼んだ。
「ヒワ!
必ず戻る!
必ず帰るから!
だから待っていて!
また会おう!!」
小さくなっていく。
悲しげに。
笑うだけで答えない。
渦巻きながら昇る風に。
気球があっという間にさらわれていく。
西風は。
鼻の頭に皺を寄せながら。
その裾をちょいと引いて道を開けた。
東風は、ご機嫌な顔で扇を閉じ。
裾を翻して背を向けた。
「私を呼んでくれるのは、
お前だけだな…」
ポツリと。
いつか。
また会おう、か。
「西風よ。
彼を私の元に落としてくださって、
ありがとう」
いつか、また会おう。
「また会おう、トキ」
続
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