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塗装の剥がれた門扉の前で、いつでも走り出せるよう体をあたためていた僕のところに、出かける準備を終えたカオリさんが近寄ってきた。
玄関脇から飛び出た桜の枝から、花びらが僕の体にはらりと落ちる。
あら、と顔を綻ばせたカオリさんは、慣れた動作で僕に乗った。
「くるまさん、今日もお願いね」
今日は週に一度、街へ生活必需品の買い出しに行く日だ。
僕がカオリさんに使われるようになって五年、その習慣は僕の体に職務として染みついていた。
僕の仕事は人を運ぶことだ。
今はカオリさん――この老朽化した家に一人で住むおばあさんを我が身に載せて、あちこち走り回る日々を送っている。
カオリさんが安定して腰を落ち着けたことを確認した僕は、ゆっくりと走り出した。
僕の体のカオリさんが収まる部分は、年老いて痩せたカオリさんの体がしっくり馴染んでいて、僕たちが過ごしてきた年月の長さを感じさせる。
「最初は慣れなかったわよ、やっぱりね。私が若い頃はなかったから」
住宅街を走り抜ける僕の上で、カオリさんはいつものようにおしゃべりを始めた。一人で暮らすカオリさんの話題は、僕のことばかりだ。
初めて僕に乗った日の違和感を今ではこうして話してもらえるほど、カオリさんにとっての僕の存在が身近になったことを喜ばしく思う。
ただ運ばれているだけで手持ち無沙汰だからか、僕に乗っている間カオリさんは饒舌だ。
独り言なのか話しかけられているのか判然としないカオリさんの語り口はお馴染みのもので、基本的に僕は聞き手に回るようにしていた。
高齢のカオリさんを載せて事故を起こすなどあってはならない。集中して走るべきだ。
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