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膝を悪くしてから病院にも行かず、自宅に引きこもって死を待つばかりだったカオリさん。
背中を向けてかがんだ僕に乗るのも、おっかなびっくりだったカオリさん。
今では僕に背負われて街のあちこちへ出かけ、明るい声を聞かせてくれるようになった。
目一杯走って汗をかいた後に、
「くるまさん、お疲れさま。これ飲んで元気出して」と差し出してくれたリポビタンDの味は忘れない。
僕はカオリさんほど長く生きて“味のある人間”にはなれそうもないが、その優しさは十分に伝わった。
窃盗に傷害、覚醒剤と悪事を尽くして社会から人間扱いされなくなり、血の繋がった家族にも見捨てられた僕が、最期にこんなあたたかさを噛み締められるなんて。
どうしようもなかった僕の人生だけど、カオリさん。あなたの足として、人の役に立つことの充足感を知ることができたよ――。
薄れゆく意識の向こうで、病院の事務員がカオリさんに「お帰りのために、ひとまず別の受刑者を呼び寄せておきますね」と優しげに耳打ちするのがわかった。
もちろん、すぐ傍で死に瀕している僕のことなど、事務員は気にも留めない。当然だ、僕は単なる移動手段でしかないのだから。でももはや、そんなことはどうでもよかった。
“乗り物”として服役しながら人生の幕を閉じられることは、間違いなく僕の一生で最も幸運なことだった。
カオリさん、僕の家族になってくれて、本当に……本当に……。
「久留間俊介さん、ご臨終です」
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