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「くるまを呼んでちょうだい」
ふわっと良い香りの漂いそうな品のある声が、今日も聞こえてくる。
呼ばれるまでもなく、僕はここに待機していますよ――。
僕が古い家屋のガラス窓越しに声をかけると、カオリさんは「あら、そうだったわね」と皺だらけの顔をはにかんで見せた。
「昔は出かけるときにいちいちタクシーを呼んだものだったから、癖が抜けないのよ。自動車って言いながらも全然“自動”なんかじゃなくって、ハンドルを握って運転しなければいけないでしょう? 免許のない私は自家用車という手段も取れなかったしねえ」
もう何度聞いたかわからない説明を、カオリさんは口にした。
最近のマンションは気密性が良く、外の騒音がほとんど聞こえないらしいが、この家は経年劣化で建て付けが悪く隙間だらけ。
窓が閉まっていても、僕のいる垣根の外から中の音が筒抜けだ。
そんな古民家に修繕を施すこともなく、カオリさんはこの場所で暮らし続けている。
「長く使うと至るところに綻びが出てくるのよ、家も人もね。私もこの年になると、体の節々が痛むのが常だもの」
カオリさんは茶目っ気たっぷりに笑う。
「でもそれは言い換えれば、“味が出てきた”とも言えると思うの」と付け足すのも忘れない。
「少しだけ待っていてくださる? すぐ支度を整えますから」
どうぞ、ごゆっくり――。カオリさんが茶目っ気たっぷりなら、僕は余裕たっぷりだった。
僕はカオリさんの専属なのだ。急かす必要などありはしない。
人口の多い都会だと、何人かの利用者が共同使用するシェアリングサービスが前提の地域もあるらしいが、幸いここは地方都市。
一対一の誠意溢れるサービスが、僕のモットーなのだから。
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