ハザード

1/3

25人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 日本の離婚率は毎年約30%くらいらしい。「三組に一組は離婚する」という話を聞いたことがある。30%のうち、愛を誓ったときに自分がその30%になる可能性があることを考えた人はどのくらいいるのだろう。  昭仁はどうだったのだろうと考えたことがある。でもすぐに否定した。そんなひねくれた考えをこの人が持ったはずがない。幼い頃に両親の離婚を経験していた私とは違う。  「真面目で優しいだけが取り柄の息子ですが、これからよろしくお願いね」ーーあの日、私の手を握って微笑んでくれた義母が危篤の連絡を受けて、私たちが夫婦として最後のドライブに出たのは23時を回っていたからだ。  義父母が暮らす昭仁の育った海辺の町までは約三時間のドライブになる。何者にも邪魔されず二人きりで過ごす最後の時間。後部座席には、もしもの時に備えて喪服の用意をしている。  もし義母が持ち堪えられなかったら、私たちは息子夫婦として葬儀に出席することになる。それは最後の親孝行な気がしている。  誓ったあの日から十年、子どもは授かっていない。それも私を決心させた理由かもしれない。でも私を授かっていた母は離婚している。  彼女は「たった一度のことくらいで」と言った。母が父との離婚を決めたのには、もっと大変な理由があったのかもしれない。だから私がいても別れた。でも私が嫌だと思ったことが理由になったって間違いではないはずだ。  昨年、昭仁は私以外の女を抱いた。そしてそれが私の耳に入ったとき「本当にごめん。もう彼女には会っていないし、これから会うつもりもない。でも僕は君の選択に従う」ーー彼はそう言った。  配偶者に浮気をされたけれど別れなかった友人は、「結婚する前はしっかりと相手を見て、結婚してからはモザイクかけながら見ろってことね」と言った。嫌な部分は見るなということなのだろう。嫌な部分は見ないふりしてまで共に生きる価値が結婚生活にはあるのだろうか?  昭仁が私以外の女を抱いたということはもちろん腹立たしいことだ。でもそのことよりも私が嫌だったのは、彼が何度も彼女に会っていたことだ。肉体関係を持ったのが一度だけだとしても。妻との時間よりも他の女性といる時間を優先するなら、夫婦でいる必要はないじゃないか。  黙ったまま助手席に座り、ぼんやりと考えていた私を我にかえらせたのはワイパーの音だった。昼間、あれほど熱くアスファルトを焼いた太陽が沈み、日にちが変わる直前で雨が降ってきたらしい。 「傘、ある?」  助手席に座って三十分、初めて口をついて出たのがそんな言葉だった。 「トランクに予備のが入ってるよ」  前を見たまま昭仁が答えた。    
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加