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春の夜はまだ寒く
午後十一時――。
三月も終わりに差しかかり、そろそろ桜前線も本州を北上し始め、開花も間もなくなどと天気予報では連日桜便りを伝えてはいるが、日も沈み、太陽の放射熱がなくなってしまうと途端に冷え込む。
だが仕事はこれからなのである。
先野光介、三十八歳(独身)は、こんな夜更けに人通りもない住宅街にいた。周囲は戸建て住宅やハイツ、アパートなどが立ち並び、人通りはもちろんクルマさえ通りかからない静謐さだ。この時刻では窓からカーテン越しに漏れてくる明かりは少なく、電柱に取り付けられた街灯が、目をむいたような明るさで冷たく道路を照らしていた。今宵は月も出ていない。
寒さも相まって、寂しい、を絵に書いたようであった。
仕事とはいえ、たった一人でこんなところを歩き回らなければならないとは、探偵というのは思った以上に大変かもしれない。
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