第6話

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「あのおじさんメッチャ気前よかったな。千円分もお菓子オマケしてくれたし、結構豪華な千本釣になりそうじゃん」  無事交渉が終わりファミレスに来た俺達は、ランチを食べ終え、ドリンクバーを飲みながらウダウダと話している。加藤の言うように、駄菓子屋の主人は、文化祭かあ、青春だねーと言いながら色々融通をきかせてくれた。 「あの駄菓子屋さんはおじさんが趣味でやっているみたい」 「ああ、金持ちの道楽か、だったらあれくらいおまけして当然だな。でも谷口のおかげで助かったよ、な!」 「ああ!さすが谷口!」  それにしても、さっきから倉林と加藤の谷口への態度があからさますぎてしまいには笑えてくる。五十嵐からは先程、塾の友達とマックに行ってそのまま午後も補習と連絡があったようだが、そりゃ五十嵐だって、こんな谷口目当ての男達だらけのところになんて来たくないだろう。 「本当に、谷口のおかげだよな」  でも優樹が、倉林と加藤に同意した途端、俺の心は騒ついた。 「私だけじゃないよ、みんなが一緒に行ってくれたから凄く心強かったんだ、今日は本当にありがとうね」  倉林と加藤の言葉は聞き流してるように見えた谷口が、優樹には笑顔で応え礼を言う。優樹はイヤイヤと戯けたように首を振り、谷口に向かって頭を下げた。谷口も優樹と同じように頭を下げ、同じタイミングで顔を上げて二人で笑い合う。  さっきからずっと、俺の向かいに座る優樹と谷口のやり取りが気になって仕方ない。2人が少しでも仲良さげに話していると、抑えられない嫉妬に苛まれる。 「そろそろ帰らね?」  気づいたら、自分でも驚くほど不機嫌な声でそう言っていた。 「いや、俺ら受験生だしさ」  全員が俺に注目し、バツが悪くなった俺は、本音とは違うそれらしい理由で言い訳する。すると優樹が、俺をフォローするように、朱音の言う通りだと頷いてくれた。 「俺ら受験生だし帰って勉強しようぜ!」 「えー!!」  「私もそろそろ帰らなきゃ」  不満そうだった倉林と加藤も、谷口の言葉には素直に引き下がる。  会計を1人1人済ませ、俺達はファミレスの前でなんとなく輪になった。倉林と加藤が、谷口をみんなで送ろうぜと言い出したけど、そんな二人の申し出を、谷口はキッパリと断る。 「いらないよ、まだ明るいし、それじゃあみんなありがとう、また明日ね!」  倉林達は名残り惜しげに自転車で去っていき、計らずも、今日歩きで来た俺と優樹と谷口は、途中まで三人で帰ることになった。俺はなるべく何食わぬ感じで、朝からずっと気になっていたことを聞いてみる。 「朝二人一緒に来たの?」 「違う違う、俺ら家近所だからたまたま朝会ったんだよ」  優樹の返事にホッとしていたら、優樹が興奮したように話しだした。 「そう!あと俺ビックリしたんだけどさ!朱音、俺が小3まで親に無理矢理ピアノ習わされてたの覚えてる?そしたらさ、なんと谷口もその先生に習ってたんだよね!」 「うん。発表会で会ったりしてたのに、優樹君全然私のこと覚えてないんだもん」 「いや俺、先生が鬼のように怖かったことしか覚えてなかったからさ、そういや谷口はまだピアノ続けてるの?」 「ううん、中学生になって辞めちゃった」 「えー!あんなうまかったのに!勿体ない!」 「優樹君私のこと覚えてなかったでしょ?」 「いや、俺さっき話してて思い出したんだよ!小3でエリーゼのために弾いてたよね?」 「それ本当に私かな?」 「本当だよ!ピンクのドレス着てただろう?」 「そうだっけ?覚えてないなあ」 「なんだよもう」  一緒に来たんじゃないことは分かったけど、俺の知らない話で盛り上がる二人に、俺は、母親と秀樹さんが、仲睦まじく話している時にも似た疎外感を感じた。だけど、優樹と谷口に対するそれは、もっとずっと痛くて、ドロドロしていて… (いいよな、谷口みたいな女は。きっと好きな奴に好きとも言えない苦しさなんて、一生味わうことなんてないんだろうな)  女になりたいと思ったことはない。なのに俺は、告白でもすれば、きっと簡単に優樹に受け入れられるだろう谷口に、渦巻くような暗い感情を抱く。とその時、突然携帯の電子音が鳴り響き、二人の会話が途切れた。音は優樹の携帯からで、優樹は母さんだと言いながら電話にでる。 「もしもし、何?うん、今から帰るとこ。えー嫌だよ。もっと早くラインしてくればよかったじゃん!えー、後で自分で行けばいいじゃん、うん、うん、はいはいわかったよ」  携帯を切った後、優樹は俺と谷口を見て言った。 「ちょっと俺またファミレス戻るわ」 「え?」 「母親が、ママ友とランチした時ストール忘れて預かってもらってたんだって、ったく、行く時言ってくれればよかったのにさ、じゃあまたね!」  俺達に手を振り、優樹はあっさりと俺に背を向け今来た道を走り去って行く。 (せっかく勉強会以外で休日優樹と会えたのに…でも、このまま谷口も一緒に3人で帰るよりは良かったのかもしれない)   優樹の姿が見えなくなり、複雑な心境で小さくため息をついていると、谷口が恐る恐るというように俺に話しかけてきた。 「なんか今日はごめんね、休日なのに来てもらっちゃって」 「いや、俺もみんなで行きたかったし」 「なら良かった、なんか今日一ノ瀬君元気ない感じだったから」 (優樹がおまえとばかり楽しそうに話してたからだよ!)  八つ当たりじみた言葉が喉元まで込み上げてきたけど、俺は無理矢理喉の奥に流し込む。谷口は、そんな俺の感情などお構いなしに話続ける。 「一ノ瀬君と優樹君て仲良しなんだよね、優樹君が、一ノ瀬君と神谷君とは幼稚園からの幼馴染なんだって言ってた。なんかいいよね、そういうのって」 (中村君じゃなくて、優樹君なんだ…)  優樹と谷口がどこまで仲良いのかはわからない。でも少なくとも谷口は優樹を名前で呼び、優樹が谷口に、俺らが幼馴染であることを話しているのはわかった。俺は黙って頷き、目の前にいる谷口をまじまじと観察する。アイドルグループにいてもおかしくない愛らしい顔、男の細身とはまた違う、女特有の小柄で華奢な体、コートごしでも分かる、柔らかく膨らんだ胸の曲線。  俺と谷口が並んでいたら、世の中の男はほとんど全員谷口を選ぶだろう。晴翔が特別変わっているだけで、ゲイではない優樹が俺を選ぶことは絶対にない。 『ごめん、今日は谷口と二人きりで勉強したいから、これからは3人の勉強会なしにしてもらえる?』  俺なんてそっちのけで谷口と話す優樹の姿を見た後だからか、前にした妄想上の優樹の声が、余計リアルに聞こえてくる。 (嫌だ!そんなの) 「谷口さんてさ、優樹のこと好きなの?」 「え?」  俺は、自分でもコントロールできない衝動に突き動かされるように言葉を発していた。 『谷口がもし本当に中村が好きだったとしても、一ノ瀬ほどの美少年に告白されたらさすがにコロっとおちるかもしれない』  何を言おうかなんて決めていなかったのに、不意に倉林の言葉が脳裏を掠める。 「俺じゃダメ?」 (優樹を俺から奪うな!だったらいっそのこと俺に堕ちろ!)  心の叫びをひた隠し、俺は、谷口をじっと見つめ、縋るように告白していた。内側から込み上げてくる毒気に自らハマり、堕ちているのは自分の方だと気づかないまま…
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