第7話

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「一ノ瀬!!」  次の日の朝、いつもより早く登校し教室に入った俺は、倉林の怒声に迎えられる。 「おまえどういう事だよ!おまえのせいで谷口が…」  俺の胸ぐらを掴み、殴りかからんばかりの勢いで倉林が何か言いかけたその時、珍しく俺より先に来ていた晴翔が倉林を止めた。 「倉林!朱音から手え離せ!」  晴翔を恐れている倉林は素直に引き下がったが、その目は物言いたげに俺を睨んでいる。谷口ファンの倉林が、俺に怒りを覚えるのは仕方ない。けどそれよりも、谷口がの続きが気になって倉林に尋ねようとすると、晴翔が俺の手を掴み強く引っ張った。 「朱音、ちょっと来い!」  倉林だけでなく、晴翔の切羽詰まった様子に、俺は益々不安になる。教室を出る直前、谷口の席を見たけど、まだ谷口は来ていなかった。 (昨日俺が休んでる間、谷口に何があったんだ?)  晴翔が俺を連れてきたのは、あの体育の日と同じ、屋上前の階段の踊り場。晴翔は、人がいないか確認するように周りを見た後、俺の肩を両手で掴み言った。 「朱音は優樹が好きなんだよな?女じゃなくて男が好きなんだよな?」  俺が頷くと、晴翔はホッとしたようにため息をつく。 「ならよかった。俺が聞きたいのはそれだけだから」  晴翔は俺の返事に納得したみたいだけど、俺には訳が分からないし、全然納得できない。 「倉林何か言いかけてたけど、谷口に何かあったの?」  晴翔は、俺が休んでる間にあったことを、詳しく話してくれた。昨日、俺と谷口が付き合っているという噂はクラス中に知れわたっていて、その原因は五十嵐だったのだという。 「五十嵐は朱音が好きだったから、谷口に、朱音と付き合うことになったって聞いてブチ切れたらしい。朱音が谷口好きなのはわかっていたけど、谷口は優樹好きだって言ってたから安心してたのに裏切られたって。 ほら、朱音お菓子くじ引きのジャンケン出たから、あいつら勝手に朱音も谷口が好きなんだって誤解したんだよ。女どもがみんな谷口酷い、五十嵐可哀想みたいになって谷口孤立しちゃってさ。でも自業自得だよな。谷口がまさか、朱音と付き合ってるとか出鱈目言いだす痛い女とは思わなかったぜ」 「違う!」  晴翔の言葉を、俺は大声で否定する。 「谷口は痛い女じゃない、痛いのは俺だ…」 「え?」 「俺、告白したんだ、谷口に…、優樹じゃなくて、俺じゃダメかって…」  晴翔は、今までにないほど大きく目を見開き、ごく単純な疑問の言葉を口にした。 「なんで?」 「嫉妬した…谷口に、優樹と楽しそうに話してるの見て…だから…」  言いながら、自分の痛さと最低さに泣きだしたくなる。 「俺は最低だ…」  自分を罵り俯向く俺に、晴翔が小さく呟く。 「おまえ…そこまで優樹のこと…」  きっと晴翔も、俺に呆れ引いているのだろう。真っ直ぐで正直な晴翔に理解できるはずがない。自分勝手な嫉妬で、好きでもない女に告白してしまうような、醜くて最悪な人間。晴翔の側にいると、歪んだ思考を持つ自分が、余計恥ずかしく思えてくる。 「とにかく、谷口には今日謝るつもりだから!」  俺はそれだけ言うと、逃げるように階段を駆け下り晴翔から離れた。  教室へ戻ると、丁度谷口が席に着くところで、俺は谷口に走り寄り声をかける。 「谷口!」 「あ、一ノ瀬君おはよう」  俺を見るや、嬉しそうに笑顔を浮かべる谷口を見て、心がジクジク痛くなる。 (優樹のことが好きだったくせに、なんでそんな顔するんだよ) 「次の休み時間、話しがある」 「うん」 「あらあら!早速二人でイチャイチャですか?」 「熱いね!」  すると、晴翔の取り巻き女子の一人である槙野と、晴翔とよく連んでいる松井が俺と谷口を囃し立てた。 「やめろおまえら」  そこへ丁度晴翔が遅れて戻ってきて、槙野と松井を咎めるように止める。同時に先生も入ってきて、俺は居た堪れない気持ちのまま自分の席に戻った。  いつも前の席からなんだかんだ言ってくる倉林は、俺の方を振り向かない。毎朝、先生が来る直前まで体を横向きにして谷口と話している五十嵐も、今日はどこか別の場所から谷口の前の席に戻ってきて、谷口とは目を合わせようともしなかった。 (俺のせいだ)  沈んだ気持ちで俯く俺に、出席確認をしていた先生が、今日は来たなと声をかけてくる。仕方なく顔をあげると、一番前の席から、優樹が心配そうに振り向き俺を見ていることに気づく。俺と目があうと、優樹はおはようと口だけ動かし、いつものように微笑んでくれた。好きな子の力は凄い。こんな時ですら、優樹の笑顔は、暗闇に光がさすような安心感を与えてくれる。 (俺が好きなのは、どう足掻いてもやっぱり優樹だ。とにかく谷口には、ちゃんと告白を取り消して謝らなきゃ)  一度は放った言葉は、ノートに書いた字のように、消しゴムで消すことなどできないのに、俺はとにかく、この気持ち悪い状態から早く逃れることしか考えていなかったのだ。
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