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「ごめん」
次の休み時間、俺は谷口を、今朝晴翔といた階段の踊り場へ呼び出した。突然謝る俺を、谷口は驚いた表情で見あげる。
「何が?」
「俺のせいで、谷口五十嵐と喧嘩になっちゃったんだろう?だから…」
「気にしないで」
五十嵐をダシにして、告白を取り消そうとする俺の言葉を遮り、谷口は言った。
「彩とのことは、一ノ瀬君のせいじゃないから」
「でも…」
「私ね、一ノ瀬君に告白された時、ビックリしすぎて言えなかったんだけど、実は私もずっと、一ノ瀬君のこと好きだったの」
「え?」
思いもよらない谷口からの告白に、俺は、罪状を読み上げられた被告人のように青ざめる。
「谷口さんは、優樹のことが好きだったんじゃ…」
愕然としながら発した言葉を、谷口はきっぱりと否定した。
「それは彩が誤解してただけ。違うよって言っても中々信じてもらえなくて…
彩が一ノ瀬君のこと好きなの知っていたし、私も、一ノ瀬君と付き合えるなんて思ってなくて、ただ見てるだけで十分だったから、もういいやってなっちゃってたの。でもやっぱり、一ノ瀬君から告白されたら嬉しくて、彩は大事な友達だけど、断るなんて出来なかった」
心臓が痛い。身体中の血が脳に集まって破裂するんじゃないかというほど、ドクドクと激しい耳鳴りがする。
「なんで?なんで俺のことなんか…」
「一ノ瀬君、一年生で席が隣りになった時、教科書忘れた私に貸してくれたの覚えてる?」
「いや…」
小さく首を振る事しかできない俺を見上げたまま、谷口は言葉を続ける。
「今思えば、すぐ先生に忘れました!って言えばいいだけなのに、その頃の私、ちゃんとしたいい子に見られたいって気持ちが強すぎて、忘れたとか恥ずかしくて言えなかったの。それで、席替えして後ろの方の席になったばかりだったから、隠れるようにバレないようにコソコソしてたら、一ノ瀬君が、谷口さん教科書忘れた?先生に指されたら貸すからねって、小声で言ってくれたんだ。
その時の一ノ瀬君の笑顔が、心から離れなくなって…それからずっと、一ノ瀬君のことが好きだったの」
谷口は、俺が全く覚えていない出来事を大切に抱え、誰にも打ち明けることなく、俺に片思いをしていた。俺は、そんな谷口の想いに気づくことなく、見当違いな嫉妬から谷口に告白し、谷口の抑えていた恋心を解放してしまったのだ。
「なんかごめん、私ばかり沢山話しちゃって、一ノ瀬君の話しって彩とのこと?だったらそれは、一ノ瀬君のせいじゃないから」
そう告げる谷口の頬には、微かに赤みがさしていて、まっすぐ俺を見つめる瞳には、なんで今まで気づかなかったのかと思うほど、強い恋心が滲み出ている。
(駄目だ…言えない、告白は嘘だっただなんて…付き合うのやめようなんて、今更言えるわけない)
「一ノ瀬君、これから私のこと、谷口さんじゃなくて真央って呼んでくれる?。あ、もちろん嫌だったらいいの!」
真っ赤になりながら懸命に話す谷口を見て、俺は決意を固めた。
「わかった。俺も、朱音でいいよ」
俺の返事に、谷口は心底嬉しそうに笑う。
その笑顔はとても可愛いらしいのに、優樹の笑顔のように、俺の心を鷲掴みすることはない。谷口に対して、恋愛感情を抱くこともできない。だけど谷口は、俺のせいで五十嵐と喧嘩になり、クラスの女子から孤立した。それでもいいと思えるほど、俺のことが好きだったのだ。
(せめて中学の間は、俺が谷口の側にいてあげなきゃ…)
次の授業のチャイムが鳴り響き、俺と谷口は、二人並んで針の筵のような教室へ向かう。俺は自分を奮い立たせるように、隣りを歩く谷口の手を握った。
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