第9話

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「でもさあ、なんだかんだでみんな志望校受かってよかったよね」  中学3年、3学期最後のイベントはディズニーランド。社会科見学という名目だが、受験が終わった生徒達に楽しんでほしいという学校の粋な計らいなのだろう。    もうすぐ着ることのなくなる制服で、俺と谷口は、晴翔達と一緒に、ホーンテッドマンションの最後尾で順番待ちをしながら会話に花を咲かせていた。さっきまで、どちらが春翔の隣に座るかで渡辺とジャンケンし、結局負けて松井とになりブーたれていた槙野も、すっかり機嫌が直っている。 「だけどまさか晴翔が西高受かるとはな」 「本当だよね、私も晴翔受かるなら西高第一にしとけばよかった」 「お前ら俺舐めすぎだろ、俺はやるときはやるんだよ」 「えーでもさあ、晴翔なんでそこまで西高こだわったの?中3になったばかりの時は、適当に近いところって言ってたのに」 「そんなの、朱音が行くからに決まってるじゃん」  渡辺の問いかけに、晴翔はまっすぐ俺を見つめこともなげに応えた。俺は身体が硬直し、ファミレスでの自分の失敗が蘇り、首筋に冷たい汗が滲んでくる。 (なんでそんなこと平気でみんなの前で言えるんだよ。お前は人にどう思われようがいいのかもしれないけど、俺は嫌だ) 「相変わらず男同士で仲良すぎー!」   槙野達が笑いながら囃し立てているところに、優樹達のグループがワラワラとやってきた。 「おい、リア充組がいるから乗るのやめとこうぜ」  俺らを見るなり、鶴田は苦い顔でそう吐き捨て立ち去ろうとしたが、俺は、晴翔の発言で生じた変な盛り上がりを振り払いたくて、優樹達に声をかける。 「そんなこと言わずに、せっかく来たんだから乗りなよ。ほら優樹、こっち来いよ、一緒に並ぼう」 「はあ、美少年の余裕だな、そういう優しさが彼女いない男達の心をかえって傷つけるというのに、なあ優樹!」  鶴田の言葉に腹が立ったけど、優樹はウンウンと深く頷いている。 「なんだよ、優樹まで」 「俺らは他の乗るからいいよ、じゃあね!朱音も晴翔も彼女との時間楽しんで」 「だから彼女じゃねえーっつうの」 「えー!うち晴翔の彼女になりたい」 「私も!」 「俺もあいつらと同じで全然リア充じゃねえ、二人とも晴翔狙いだし」  優樹達が去った後、松井がポツリとつぶやき、槙野と渡辺が確かにーと言いながら爆笑する。 「ねえ、一ノ瀬と真央もさ、もうすぐ集合時間になっちゃうし、二人きりで周って来なよ、同じ制服でディズニーデートなんて機会滅多にないんだからさ」 「そうだよそうだよ!」  槙野と渡辺の言葉に、谷口は俺を見上げ、そうしよっかと言ってきた。谷口が乗り気なのに断るなんて選択肢があるはずもなく、俺は頷き、二人で列から抜ける。じゃあと手を振る俺を、晴翔がもの言いたげに見つめてきたけど、俺はわざと気づかないふりをして、晴翔から目を逸らした。 「真央は何乗りたいの?」 「もう一回スモールワールド乗りたいな」  皆と離れた後尋ねる俺に、谷口が笑顔で答える。 「OK、じゃあ行こう」  歩きながら谷口の手が俺の手に触れて、俺はすぐに谷口の意図を察しその手を握った。谷口は手を繋ぐのが好きだ。晴翔を好きな槙野や渡辺みたいに、必要以上にくっついたり抱きついてきたりしてこないから、そこは奥ゆかしい子で良かったと思ってる。 「また、今度は二人で来たいなあ」 「そうだね」  何気ない会話。だけど突然、手を繋いだまま谷口の歩みが止まり、俺は驚き谷口を見る。谷口の顔からはいつの間にか笑顔が消え、ファミレスの時と同じ、探るような瞳で俺を見あげていた。 「本当に?」 「え?」 「本当に、中学卒業してからも、私と一緒にいてくれる?」 『当たり前じゃん』  いつものように、谷口を安心させる言葉を言えばいいだけ。 (答えろ、笑って返事しろ!)  なのに言葉が出てこない。まるで、本当はわかっているのだと、全てを見透かしているような谷口の瞳に動揺し、俺は即答することができなかった。 「…いるよ」   遅れて出てきた声は、自分でも驚くほど頼りなくて、これじゃあ谷口を不安にさせると思ったけど、谷口は、そっかと頷いただけだった。演じることに慣れ、心が麻痺したように感じなくなっていた罪悪感が、今更のように込み上げて苦しくなる。  繋いだ手を離すまいとするように、恋人繋ぎで絡んだ谷口の指にギュッと力が入った。  俺は、圧縮袋に入れられた毛布みたいに、身体ごと縮んで潰されていくような感覚に囚われて、その手をちゃんと、握り返すことができなかった。    
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