第1話

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「朱音、俺のスエットでいい」 「おうありがとう、そこ置いといて」  家に到着後、朱音がシャワー浴びちゃいたいと言ったので、俺は今、生唾を飲み込み、お風呂の曇りガラスにぼんやりと映る朱音の姿を見ながら、脱衣所の籠に着替えを置いている。  幼稚園の頃から幼馴染の俺たちは、時々こんな風に互いの家に泊まることが昔からあった。優樹の家は母親がいい顔をしなくて、遊びには来ても泊まることはなかったが、朱音の母親は水商売をしていて忙しかったから、時々俺の母が、朱音ちゃん今日泊まりなさいよと、よく世話をしていたのだ。    父が亡くなり、母がバリバリ仕事を始めてからは疎遠になってしまったようだが、母同士も仲が良かったのだろう。ある日、朱音の母親が再婚した話をしたら、いいなあ美咲はと、ボソッと呟いたことが、俺の中で強く印象に残っている。  曇りガラスの向こうでシャワーを浴びている朱音にドキドキしながらも、俺は脱衣所から出て、朱音が風呂から出てくるのを待つ。小学生の頃は一緒に入ったりしていたから、下心ありでさそってみたけど、狭いから嫌だとはっきり断られ、俺は朱音より先に、簡単にシャワーはすませていた。 (告白に成功して恋人になれたら、昔みたいに一緒にシャワー浴びたり、風呂入ったり触ったり色々したいなあ)  初体験をしてから、俺の妄想力はよりリアルになり、朱音とのセックスは完璧にシュミレーション済みだ。男とのやり方も自分なりに勉強した。最初は抜きあいくらいにしておいた方がいいかもしれないとか色々考えてはいるが、まずは朱音と付き合えなきゃ、妄想だけしていたってしょうがない。告白はストレートに、好きだと言うつもりだ。 (朱音が出てきたら、二人で買ってきたお弁当食べて、お菓子食べながらリビングのソファでテレビ見てゲームして、その後ベッドで寝る直前に、実はって告白するのがいいかな?) 「風呂ありがとう」  頭の中で色々考えていると、朱音が俺のTシャツとスエットを着て風呂から出てくる。少し大きめの俺の服を着て、タオルを肩にかけた風呂上がりの朱音は、いつもより無防備で色っぽくてドキドキした。 「じゃあお弁当食べちゃおうぜ、朱音も温めるだろう?」 「うん」  今や週3日の頻度で朱音はうちに来ているけど、お泊まりは本当に久々だから、今日は朝まで朱音といれるのだと思うと嬉しくてたまらない。 「晴翔、その唐揚げちょうだい?あ、俺のハンバーグ食べる?」 「おう」  朱音は細っそりとした見た目に反して食欲旺盛だ。その代わり腹が満たされたら、それ以降は一切食べない。この食べっぷりだと、買ったお菓子はおそらく俺の胃袋いきだろう。あっというまに食べ終わって、今日は親がいないのをいい事に、リビングのソファに座って、我が家で一番大きなテレビを一緒に見る。 「なんかDVDとか借りてくれば良かったな」 「これから借りに行く?」 「せっかく風呂入ってスッキリしたのにまた外出るのやだ」 「朱音ってなにげに潔癖だよな」 「別にそんなことねえよ」 「そういや朱音、ちゃんと今日俺の家泊まるって言ってきた?」  風呂上がりの朱音と隣同士に座っている状況に幸せを感じながら、なんの気なしに尋ねると、朱音の顔は途端に不機嫌になる。 「言ってきたよ、ていうか、お袋には秀樹さんがついてるから、別に俺なんていなくて大丈夫だし」  朱音の反抗は、明らかに子供じみた嫉妬だ。小さな頃から母一人子一人の仲良し親子だったから、母親の再婚と妊娠を、中々受け入れる事ができないのだろう。俺もふと、もし自分の母親が再婚したらと考えてみる。多分自分も、最初は簡単に受け入れられないだろう。  でも逆に、俺の事なんて気にせずそいつと幸せになって欲しいという気持ちもある。母が俺のために働いてくれているのは十分わかっているが、高校や大学は絶対に行け、せめて高校は何が何でも行かないと許さないと、自分の考えを押し付けてくる所が正直重いしうざいのだ。 「そんなことより、今度優樹も誘って、みんなでお前のうち泊まりたいなあ。 優樹ってさ、昔から母親厳しくて、泊まりはできなかったじゃん?でもこの間話した時、最近はそうでもなくなったって言っててさ。 まあ塾いれられたって言ってたから相変わらず厳しいのかもしれないけど、でも優樹ってあれだけ部活やってるのに、成績下がったって言っても全然俺らよりいいんだぜ、今度テスト勉強教えてもらうのもいいしさ」 「…」  母親の話で不機嫌になっていた朱音の口調が、優樹の事を話だした途端に明るく饒舌になる。俺は、外にいる時はできていた、何も気にしていない演技が家では全くすることができず、口を噤んだ。俺の様子が明らかにおかしいことに気づいた朱音が、どうした?と聞いてくる。 「おまえさ、さっきから優樹優樹言い過ぎじゃね?そんなに優樹といたいの?俺と二人だけじゃ不満なわけ?」  思わず本音を漏らすと、朱音の顔が、ほんのり赤くなっていることに気づく。 「ごめん、俺、おかしいよな…」  朱音の反応に俺は戸惑った。俺は、俺を見てほしくて言っただけなのに、朱音には違った意味で伝わってしまったみたいだ。 「いや、別におかしくはねえけど」 「あのさ、俺…おまえの事親友だと思ってるから打ち明けるんだけど…」  ちょっと待て、この流れ、すごく嫌な予感がする。 「なんか俺、優樹のこと、好きっぽいんだよね。いや、男が男好きなんて、俺もおかしいと思うし、別に付き合いたいとか、そういうわけでは…」 「最悪!」  俺の予感は大当たりだった。朱音が言い終わらないうちに、これ以上聞きたくなくて叫んだ俺の言葉に、朱音は傷ついた顔をする。 「そう、だよな、同じ男なのに、やっぱり普通じゃないよな、ごめん、おまえにこんなこと打ち明けて、今言った事は…」 「違う!そんなこと言ってるんじゃねえんだよ!ていうかさ、普通って何?」 「え?」  そう言うと同時に、俺は至近距離にいた朱音の唇にキスをした。朱音は一瞬、何が起きたのかわからないという顔で俺を見つめていたが、やがて我に返り唇を拭う。 「おまえふざけんなよ!おまえと違って俺はファーストキスだったんだぞ!優樹好きだって言ったからって揶揄ってんのかよ!」 「違う!俺は朱音が好きなの!」 「は?」  朱音は、今度は鳩が豆鉄砲をくらったような間の抜けた顔をする。 「おまえ、何嘘ばっかついてんの?」 「なんで嘘なんだよ!」 「だっておまえ女好きじゃん!円香先輩とやったんだろう?」 「別に女好きじゃねえよ!向こうから来てくれるのを拒むのは男として悪いだろ!それに、円香先輩と寝たことで気づいたんだよ、俺が本当にキスしたりエッチしたりしたいのは朱音なんだって」 「はあ?おまえなに言ってんの!」  朱音は顔を真っ赤に染めて俺を睨む。その顔はめちゃくちゃ可愛いけど、一体なんなんだこの告白は?もっといい感じのシチュエーションを考えてたのに最悪すぎる。でもここまできたら引くに引けない。 「好きってそういうことだろう?朱音は優樹とそういうことしたいと思わないわけ?」  朱音は顔を歪め、顔を赤くしたまま目を伏せる。 「付き合いたいわけじゃないって本音?俺は朱音のこと好きだって気づいた瞬間から、おまえと付き合いたいって思ったよ。俺は、朱音とキスしたいし触りたいし恋人になって色々したい!優樹じゃなくて、俺を好きになってよ!」  俺は朱音の肩を両手で強く掴み、自分の思いのたけを全部ぶつけた。朱音は呆然と俺を見上げていたけど、やがて大きく首を振り、俺の告白に応える。 「ごめん俺、晴翔のことは親友だと思ってたから、そういう目では見れない」 「今はだろ?優樹が好きなら、男がだめなわけじゃねえだろ?」 「そんなこと言われたってわかんねえよ!だって俺、おまえとそういう事するの想像できねえもん」 「優樹なら想像できるの?」  ウッと黙りこくる朱音の反応は、明らかに肯定を示していて、俺は嫉妬で胸が焦げつきそうになった。 「優樹に抱かれたいわけ?」  聞きたくないのに言葉が止まらない。だけど意外な事に、朱音は首を横に振った。 「抱かれたいわけじゃない」 「じゃあ抱きたいの?」 「…」  朱音の顔が更に赤くなって、俺は、え?そっち?と思わず尋ねる。 「そっちってなんだよ、仕方ないだろ、俺だって男なんだから、好きな子のことはそりゃ…」 「だったら朱音もさ、俺が今朱音のことどうしたいと思ってるかわかるよね?」  そう言ってソファに押し倒すと、朱音は必死に抵抗してくる。 「無理だって!俺、おまえみたいなヤリチン絶対やだ!俺を女扱いすんな!まじで今無理矢理変なことしてきたら、おまえの事一生嫌いになるし一生口きかねえから!」  沸騰していた頭が、朱音に一生嫌いになると言われて我にかえる。その隙をつくように、朱音は俺を突き飛ばし、ソファから立ち上がった。 「晴翔の馬鹿!好きっつったってこんな乱暴なやり方あるかよ!おまえなんて絶対好きになんねえから!俺帰る!」  朱音はそれだけ言うと、俺に背を向けリビングから出ていこうとしたが、はたと気づいたように戻ってきて、床に無造作に置かれた自分の制服や鞄を手に持つ。 「それから!俺が優樹好きな事絶対優樹に言うなよ!俺も今日のこと忘れてやるから!じゃあな!!」  去っていく朱音の後ろ姿を一人見送り、俺は最悪な展開に泣き出したくなった。勇気をだして告白して、すぐに付き合うことはできなくても、せめて意識だけでもしてもらえるようにしたかったのに、優樹が好きだという事実を朱音の口からはっきりと聞かされたことで、俺は自分の感情をコントロールできなくなってしまったのだ。 (あーくそ!とにかくちゃんと謝って、仲直りだけはしねえと)  でも俺は、こんなにもこっ酷く振られたのに、朱音を諦めようとは全然思わなかった。朱音は男自体がダメなわけじゃない。だったら俺にもチャンスはあるはずだ。 (絶対に振り向かせる。恋人になって、朱音を俺のものにする)  この日から、俺と朱音の2年にわたる攻防戦が始まったのだ。        
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