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第4話
(あーもうマジ幸せ!)
俺に寄りかかってくる朱音の腰に腕を回し、俺は大きく鼻で息を吸い込んで、目の前にある髪の匂いを嗅ぐ。面倒だから俺と同じリンスインシャンプーを使っていると言っていたけど、朱音の匂いと混じるとなんでこんなにいい匂いになるんだろう。凄く甘くて、でも女みたいに甘ったるくはなくて、いくらでもお代わりして食べたくなるような朱音だけの匂い。
「てかおまえ鼻息荒くね?」
「だって朱音いい匂いなんだもん」
つい本音を言ってしまった後、俺はしくったと思った。前に本能のまま暴走した結果朱音にガン無視され、たった二日でも死ぬほど辛かったのに、許してもらえた後も、朱音に警戒されて嫌われないよう、自分を抑えて我慢して、ようやくここまでこぎつけたのに…
だけど、俺の心配をよそに、朱音は俺に寄りかかったまま、離れようとはしなかった。
「おまえって変だよな。男にいい匂いとか好きとか平気で言って。俺はさ、どうしても女に興味持てなくて、多分ゲイなんだ。でもおまえは違うだろう?なのになんで俺が好きなの?」
「え?」
そんなこと聞かれても、正直俺には、ゲイとかなんだとかはよく分からない。別に男でも女でも、好みだったら綺麗だなと思うしそれなりに反応する。ただ、身体の奥底から迫り上がってくるような昂りや愛しさは、朱音以外には感じない。
幼稚園の時引っ越してきた朱音を見た瞬間から一目惚れし、朱音は俺にとって特別な存在になった。本気でお嫁さんにすると思っていたし、小学生になり男だと分かってからも変わらず、で?くらいな気持ちだった。
けどある日、母に言われたのだ。
『言っとくけどね晴翔、朱音ちゃん男の子なんだからあんたと結婚できないわよ』
『ええ?なんで!』
『そう決まってるのよ、男同士や女同士は結婚できないの!結婚できるのは男女だけ』
『だからなんで?』
『そんなの知らないわよ!とにかくそうなもんはそうなんだから!あんたも朱音ちゃんお嫁さんにするなんていつまでも言って、朱音ちゃんやお母さん困らせるんじゃないわよ!』
最後には何の説明もされず烈火のごとくキレられ、仕方なくそうなんだと受け入れたが、中2で円香さんに童貞を奪われ、俺は確信したのだ。朱音ともこういうことしたい、朱音に触りたい!キスしたい!誰になんと言われようと、俺はやっぱり朱音が好き。結婚できるとかできないとか、そんなの全然俺には関係なかった。
「おい、黙ってないで答えろよ」
「あ、悪い、ちょっと今、朱音の質問の意味考えてた」
俺の言葉を聞き、背中を向けていた朱音が振り向いた。キスできるんじゃないかってほど顔が近くなって、俺は思わずごくりと生唾を飲みこむ。
(だめだだめだ、多分今キスしたらまたあのガン無視状態になる。あーでもマジでこれすごい幸せだけど蛇の生殺し状態じゃね?)
「で?答えは出たのかよ」
俺の葛藤なんてお構いなしの朱音は、じっと俺を見つめて尋ねてくる。
「出ない」
「なんだよそれ」
「だって仕方ないじゃん、俺は幼稚園で朱音に出会った時からずっと朱音が好きで、男だって分かってからも好きって気持ちは変わらなかったし、なんで好きとか聞かれても、理由なんてわかんなくね?」
朱音は驚いたように目を見開いた後、なぜか今にも泣きだしてしまいそうな表情で言った。
「おまえと話してると、普通じゃないとか、男が好きなことで悩んでる自分が馬鹿みたいに思えてくる」
潤んだ瞳に魅せられて、誘われるように抱きしめようとしたけど、次に発せられた朱音の言葉で、俺の手は止まった。
「おまえのこと、好きだったら良かったのに…好きなのがおまえだったら…」
その意味を理解し、俺の心は深く抉られる。同じクラスになって、朱音を見ていられる時間が多くなった分、どれだけ朱音が優樹を好きなのか、余計に強く感じるようになっていたから
(くそ!だからなんで俺じゃなくて優樹なんだよ!)
「甘えてごめん、晴翔…」
「いいよ、気にすんな」
精一杯虚勢を張って、俺は朱音の腰に回していた手の力を緩める。
抱きしめるのは今じゃない。それは、優樹のことで喜んだり傷ついたりする朱音を、ドMみたいに側で見ているしかできない俺なりのプライドだった。
「ありがとう」
俺の凄まじい嫉妬に気づくことなく、泣き笑いみたいに微笑んで、素直に礼を言う朱音は、やっぱりすごく可愛いくて綺麗だ。
(俺は、いつか絶対に朱音と恋人同士になるんだ)
挫けそうになる心に何度も言い聞かせてきた言葉を胸に、俺はせめて、間近にある朱音の香りを味わうように深く息を吸う。
「だからおまえ、鼻息あらいっつうの」
呆れたようにそう言う朱音の声音は、癖になるほど甘くて苦くて柔らかい。今はそれだけで、満足するしかなかった。
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